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だからその程度の覚悟もあるんだよ

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エマが帰ってきてすぐに夜が明け始めた。すると彼女は奴隷小屋の掃除に取り掛かる。

それが終わると今度は庭掃除だ。雪は降ってないけど、気温はかなり低い。なのに彼女は、私の姿が見えなくても文句一つ言わずにホウキで落ち葉とかを集めた後、それを素手で拾い、袋に詰めていく。

それからは、雑草を、やっぱり素手で抜き始めた。そんな彼女の手は、これまでにもずっと過酷な仕事を続けてきたんだろう、何度も何度も傷付いてそれが治ってってしたからか皮膚が分厚くなって固くなって、手だけを見てたらとても女性とは思えないものになってた。

私の手も、毎日毎日土をいじり鋤を握ったりするから正直かなりボロボロかもしれなくても、それでもエマ達よりはマシだと思う。

リレ達もそうだったけど、本当によく働くなあ……

今日は私達は一応、仕事は休みということになってる。だけど昼からはまた農家への説明と講習に行くことになってる。

それまでは仮眠を取ることにした。



「カリンさん、お時間ですよ」

昼前、起こしに来てくれるようにお願いしていたアルカセリスが、ドアをノックしながら声を掛けてくれた。

「ん……ああ、ありがと……」

さすがに数時間程度の仮眠だと起きるのが少し辛かったけど、エマ達のことを思うとそうも言ってられないからね。

「おはよう、っていう時間じゃないか」

「ですね♡」

ドアを開けると、アルカセリスが嬉しそうに私を出迎えてくれた。

すると、その気配が伝わったのか、ベントも自分の部屋から出てきた。

「おはようございます」

相変わらず丁寧な物腰。育ちの良さが滲み出てるなあ。

「おはよ」

そんな彼を見ると、私も自然と顔がほころんでしまうのが自分でも分かる。

ただ、それを見せ付けられるアルカセリスとしては当然、面白くない。そういう本音が僅かに表情に透けて見えるのが察せられてしまった。

だけど、その本音が仕事に影響するようなら任せられないとはあらかじめ言ってあるから、彼女もわきまえてはくれる。

「もし、感情が抑えきれなくなるようなら、その時はもう潔く身を引いてもらえる? 私は戯曲に描かれるような愛憎劇を演じてる暇はないの。それすらわきまえられないような人を私は決して選ばない。『あなたを殺して私も死ぬ』なんてのは真っ平ごめん。そんなことをしようものなら、私は躊躇わずにそっ首を撥ねるから。いい?」

とまで言わせてもらってる。

もちろん本気で首を撥ねるつもりはなくても、私と彼の命を守る為なら、そうするしかないのなら、容赦はしないつもりだ。

ここまで、あまり触れてはこなかったけど、そんな風に処刑された人の姿も何度も見てきた。

だからその程度の覚悟もあるんだよ。

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