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その余裕を作る為に私は今の仕事をしてるんだ

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ルイスベントのプロポーズを正式に受け入れた夜。私はまた、彼と肌を合わせた。それまでにも何度かそうしたけどどうしても照れくささが残って没入できなかったのが嘘みたいに彼に抱かれている心地好さに溺れることができた。

まあ、ようやく体の方も慣れて痛みとか違和感とかも感じなくなったからっていうのもあるのかもだけどさ。

でも、いいね。これに溺れる人がいるのもようやく理解できた気がする。

幸せなんだ。理屈抜きで彼のぬくもりと感触に包まれてるのが。でもそれはもちろん、相手が彼だからっていうのもある気がする。彼以外の人とこんなことするなんて考えただけでゾッとするし。

「私…、幸せだよ……。あなたに会えてよかった……」

一通り燃え上がってから彼と抱き合ってその体温を感じながら、素直にそんな風に言えた。いつもだったら照れくさくてついキツい言い方になっちゃうところがそうじゃなかった。

『ああ……、いいなあ……。こういうのもすごくいい……』

だけどこれも、こんな風に安心して幸せに浸れるのも、私が人間として扱われてるからだっていうのも間違いなくある気がする。

『エマにも、こんな風に満たされる瞬間があるんだろうか……』

そんなことも思ってしまう。

それは、単に男女の営みのことを言ってるんじゃない。奴隷は<道具>や<家畜>と同じ扱いだから、家畜みたいに<繁殖>させられることもある。だから行為をするだけならその機会だってある。だけどそれは家畜の繁殖の同じだから、自分の選んだ相手とって訳にはいかない。

『私にはできないよ…、そんなこと……』

自分が選んだ訳じゃない相手とことに及ぶのもそうだけど、そんなことをさせるというのも嫌だ。自分がこの喜びを知ったからこそ余計にそう思う。

『早く奴隷なんてなくなればいいのに……』

そう思う。強く思う。

だからこそ、奴隷というものを使って過酷な労働を強いなくても余裕のある暮らしができるようにしたいと思う。

それにはまず、確実に『飢えないこと』だ。食べることに困らないようにならなくちゃ、心の余裕は生まれにくい。<清貧>は確かに尊いかもだけど、それもやっぱりせめて飢えないことが前提になると思う。飢えてひもじい思いをしてちゃ、他人を気遣う余裕もないもんね。

その余裕を作る為に私は今の仕事をしてるんだ。



「もしかしたらまだチャンスはあるかもって思ったんですけど、やっぱりダメですか…?」

翌日、決意も新たに気合を入れ直して詰所に顔を出して、ルイスベントと結婚することを改めてみんなに告げたら、仕事用の資料を用意してる時、アルカセリスがそんなことを言ってきたのだった。

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