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印象的な部分だけをかいつまんで羅列したら嘘くさい<劇>に

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『結婚してください』

婚約指輪と思しき指輪を差し出しつつそう言われたことで、私はようやく、彼が本気で私にプロポーズしてるんだなということを実感できた気がする。私の中でそれがストンとハマった感覚があった気がする。

これまでにも何度も実質的なプロポーズを受けてきたのは承知してたから分かってるつもりだったけど、それは所詮、<つもり>でしかなかったことを改めて思い知らされた。

『そうか……私、彼と結婚するんだ……』

素直にそう思えた。

「…ありがとう……こちらこそ、不束者ですがよろしくお願いします……」

指輪を受け取りながら、私は応えてた。自然とそう言えた。

「ちくしょう…こんなのって……」

この期に及んで『ちくしょう』なんて汚い言葉を使ってしまった私にも、彼は優しかった。そんな彼の胸に縋りつきたくてたまらなくて席を立って、同じく席を立った彼に抱きついていた。

「絶対苦労するよ……ううん、こき使ってやるから、覚悟して……!」

なんかまんまと彼にしてやられた気がして悔しくてそんな風に言った私を、彼は、

「ええ、覚悟してます。あなたを愛してしまったその日から、覚悟していました」

ホント、なんでこんな<魂イケメン>が私なんかのことを好きになってくれたのか、分からないよ。こんなご都合主義の嘘くさい展開、誰も喜ばないって……!

ああ…だけど……

そうだよね。私は誰かの慰み物になる為に、誰かの楽しみの為に、誰かの暇潰しの為に、誰かの承認欲求を満たしてやる為に生きてるんじゃないんだ。

誰かの人生についてノンフィクションのそれを見てたって、まるで作りものみたいな『そんなんなる!?』って思ってしまうような展開があったりするじゃないか。

他人から見た誰かの人生なんて、印象的な部分だけをかいつまんで羅列したら嘘くさい<劇>に見えてしまうものなんじゃないかな。それが今、私の身に起こってるだけなんじゃないかな。



こうして私は、ようやく本当に彼との結婚を決心することができた。

『彼と結ばれたことでもしかしたら子供ができてるかもしれないし、その子の為にもケジメをつけなきゃ』

という、まるで<言い訳>みたいな形で結婚を決めるんじゃなくて、私自身の気持ちとして、

『彼と結婚したいからする!』

ってことで決めることができたんだ。



まったく、我ながら本当に面倒臭い奴だよ。いちいちこんな風にしてもらわなきゃ自分の心を決めることもできないなんてさ。

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