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まったく、とんだサプライズだよ

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『私にとってはそれこそが生きる意味だと思うのです』

エマの傷を確かめた私がリビングに戻ると、ルイスベントが、お酒を用意してくれていた。それを二人で傾けてたら、少し上気した顔の彼がそう言ってきたんだ。

私はそれに顔が真っ赤になるのを感じてた。

「……なんでそんなに持ち上げるの? 私、そんなに立派な人間じゃないよ…!?」

恥ずかしさのせいでむくれた顔になりつつ私が言うと、彼は真面目な顔で返した。

「カリン。あなたのその謙虚さを私は素晴らしいと思う。けれど、それを美徳とは考えない者も多いことは忘れないでください。

もちろんあなたがそれも承知してることは私にも分かっている。分かっているけれど、それでも敢えて言わせてください。

あなたは奴隷に対しても優しい。そんなあなたを私は愛しています。そして案じてもいる。

今の世の中では、あなたがそうすることに反感を覚える者も多い。今の社会にとってあなたは非常に異質な存在だ。異端と言ってもいい。

だけど私は知ってしまいました。あなたの考え方の方が私にはしっくりくると。

カリン。私にとってはあなたは既に女神にも等しい存在なのですよ。信仰の対象でさえある。この気持ちをあなたに押し付けるとあなたはそれを迷惑に感じることも承知しています。ですが、人の<想い>というものはその人自身のものだということも、あなたが教えてくれたのです。

あなたへの想いは、私自身のものだ。そして私は、自らの<想い>に正直でありたい。

愛しています。カリン。結婚してください」

そう言って彼が差し出したのは、小さな箱に入った指輪だった。

だけど、この世界ではまだ、そういう形でのプロポーズは一般的じゃなかった。結婚指輪という習慣がそもそもなかったし、だから婚約指輪を送るという習慣もなかった。

呆気に取られる私に彼は言う。

「カリンが四方山話としてバンクレンチ達と話していたあなたの世界の風習を真似させていただきました。この方があなたにとっては嬉しいのではないかと思ったのです」

だって。

そう言えば、『愛してる』とか『一緒に人生を送りたい』とかはこれまでにも何度も聞いた。それらが実質的なプロポーズだということも察してる。でも、正直、私にとってはどこかピンときてなかったのも偽らざるところだ。

ルイスベントもそれを察していたんだろうな。だから私にとって実感のあるプロポーズを考えてくれてたんだ。

まったく、とんだサプライズだよ。

結婚することになるだろうなと思ってはいたけど、とどめを刺された気がするな。

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