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酷いことしないけどちゃんと命令してくれる

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『私の為に役立ってもらうから、覚悟しなさい』

私がそう言った時、エマの目が緊張するのと同時に、どこかフッと安心するように緩むのも分かった。彼女は奴隷としての習性みたいなものが染みついてしまって、命令される方が安心するみたいだね。しかも私が無茶な命令はしないこととか、暴力を振るったりして虐げたりしないっていうのも少しずつ察してきてるのかもしれない。

『酷いことしないけどちゃんと命令してくれる』

って感じかな。

本意じゃないけど、そういう形ででも納得してもらえるならそれでいいか。

ただ……

「真っ直ぐ立って! じっとしてなさい!」

命令口調でそう言って直立不動にさせて、彼女の顔に手をかざす。『何をされるのか』っていう不安からか少し怯えた様子も見えたけど、エマは大人しく従ってくれた。

もう少し確認したいことがあったんだ。

医者の役目もする魔法使いとしての能力で、彼女の傷を詳しく確認する。

『やっぱり無理か……』

彼女の傷跡を少しでもマシにできればと思ったんだけど、傷そのものは完全に治ってしまっていて今の形で定着してるから、治癒という形で本来の状態まで戻すのはたぶん無理だと実感できた。

これがもし、怪我をした直後だったらまだ治癒力を高めることで綺麗に治る可能性はいくらかでもあったんだけど、こうなってしまうとそれも難しい。

『マンガやアニメみたいに上手くはいかないな……』

これまでにも何度も思い知らされたことを改めて思い知らされる。

ここまでの傷だと、女性男性関係なく辛いと思う。それを一生抱えていかないといけないのか……

理不尽な暴力が野放しにされてることの怖さそのものだよね。

ホント、『昔は良かった』みたいなことを言う人は、自分や自分の大切な人がこういう目に遭うかもしれないってことをまるで考えてないって思う。

ってそれは余談か……

「邪魔したわね。しっかり湯に浸かって疲れを取って体を休めなさい。でないと私の役に立てないからね」

そう釘を刺しておいて、私は風呂場から出た。新しい包帯は用意してあるから古い方は要らないと、拾ってカゴにいれていつでも捨てられるようにしておく。彼女がもしこの包帯そのものに何か思い入れでもあった場合を考えてすぐには捨てないようにした。

それからも彼女がちゃんと湯船に浸かるかとかしっかり体を拭いてから新しい包帯を使うかとか、母屋に繋がる通路のドアの前で聞き耳を立てる。

するとそんな私を見て、ルイスベントが言ったんだ。

「カリンは優しいね」

って。

そこでそんなことをサラッと言えるあなたの方がよっぽど優しいよ!

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