上 下
259 / 535

ああ…、きっとなぶり殺しにされるに違いない……

しおりを挟む
彼女にしてみればそれこそ、

『ああ…きっとなぶり殺しにされるに違いない……』

って感じだったろうな。

ちらりと馬車の荷台に振り返って見た彼女の目は、光を失った虚ろなものだった。自分で自分の心を殺して、何も考えないようにしてる感じか。

『そうやって苦痛に耐えるのが完全に身に沁みついてるんだろうな……』

そう思うと胸が痛い。

だけどもちろん、私は彼女をいたぶったりとかするつもりはない。単純に本当に、この機会に色々詳しい話を訊きたいと思っただけだ。

それでも彼女を労わりたい気持ちは押し殺して、平然とした態度を装う。

ブルイファリドの手前、変に同情的な態度を取ると、彼としても冷静ではいられないかもしれないし。

つまりそれだけ、奴隷に対する蔑みの感覚が、意識の根幹部分にまで根付いちゃってるんだろう。それこそ赤ん坊の頃から大人達が奴隷に対してそんな風に接するのを見てきてるから。

こういうのは簡単には変わらないし直らない。それこそ何世代も掛けて、親が、その前の親よりはちょっとだけ気を付けるって感じで少しずつ少しずつ意識を変えていかないといけないんだろうな。だから私が今、

『意識を変えろ! 認識を改めろ!』

なんて声を上げても劇的に変わってしまったりはしないんだ。

それこそ感動モノのフィクションのように、ね。

となれば私としては、とにかく現実に即した対応を考えるしかない。

『奴隷は人間ではなく、モノ』

という意識が定着してるなら、

『モノとして、道具として、大切に使う』

という認識にすり替えるんだ。あくまでモノ扱いしてるっていう前提があれば折り合いも付けやすいだろうからさ。

そんな訳で彼女を連れて家まで戻ると、私が指示した仕事を終えて先に帰ってきていたルイスベントが、

「おかえりなさい」

って出迎えてくれた。その彼の穏やかな表情を見ると、私もホッとしてしまう。こういったふとした瞬間に彼のことが好きなんだなと自分でも思い知らされちゃうんだよなあ……

なんて、今はそれどころじゃない…!

気を取り直して「ただいま」と応えた後、荷台に振り返って、

「ついたから。降りて」

と、意識して冷たい感じで言い放つ。

「…はい……」

やっとという感じでかすれた声で返事をした女性がよろけながら荷台から降りると、事情を察したルイスベントが、

「こっちに来なさい」

ってやっぱり尊大な態度で命じて、女性を裏口の方へと連れて行った。

そこには、ここに住んでた豪商が使ってた奴隷用の小屋があるからね。

しおりを挟む

処理中です...