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彼女は素晴らしい方でした。申し分のない女性だったと思います

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彼と結ばれ、彼への気持ちを再確認してしまった私は、開き直りのような気分と、何とも言えない満たされた気分とがごちゃ混ぜになった感覚を味わいながら、すっきりさっぱりした<<いい男>に戻った彼を伴って、宿舎への帰路を歩いていた。

でも……

「なんか、歩きにくい……まだ異物感がある。変な感じ……しかも垂れてくるし……」

と、ぶつぶつ文句が止まらない。

「申し訳ありません……その辺りは男である私にはどうしても実感が湧かないので…」

なんて言いながら苦笑いを浮かべてる彼が傍にいてくれることの安心感も、実はすごく感じてた。って言うか、彼のことが好きなんだっていう自分の正直な気持ちをもう誤魔化さなくていいんだっていう安心感でもあったのかな。

ただ、ちょっと気になることもあった。だから正直にそれをぶつけてみる。

「それにしてもさ、せっかく貴族のお嬢さんを紹介してもらったってのにそれを蹴るとか、そんなに好みに合わない相手だったの?」

自分がひどく失礼なことを言っているのを自覚しつつも、どうしても聞かずにいられなかった。

すると彼は、月明かりの下でも分かるくらいに困ったように微笑みながらも、

「いえ、むしろ逆でしょうね。彼女は素晴らしい方でした。申し分のない女性だったと思います」

「だったらどうして……?」

「それでも、私にとってはあなたしかいなかったからですよ。カリン」

「ぐぅ……」

くっそ~…サラッと胸を鷲掴みにするようなことを言いやがって……!

嬉しいやら恥ずかしいやらいたたまれないやらで頭がグルグルしてる私に、彼はさらに言う。

「それに、彼女にも想い人はいたそうですから」

「……あ……」

なるほど……そういう理由も…か。

彼は続ける。

「彼女も、自らの気持ちと<貴族の子女としての立場>との間で思い悩んでいたそうです。本心を押し殺し、私との結婚を承諾しようとした時に僅かに見せた表情で察せられてしまいました。

そしてその時の彼女の表情を見た時、私にはあなたと重なって見えてしまったのです。そうなるともう、私は自分の気持ちを抑えることができなくなってしまった。

だから、彼女に正直な気持ちを告げて、彼女も他に想い人がいることを告げてくださって、そこで私と彼女は、共に『この方とは結婚できない』と同時に宣告させていただくことにしたのです。

貴族同士の婚姻は、互いの家が合意すれば容易には覆られませんが、婚姻を予定している男女双方が『認められない』と言えば、再考の余地はある、というのが建前ではありましたから」

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