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鬱憤を晴らすみたいに仕事に打ち込んでくれた

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ルイスベントは今でも、私のことを待ってくれている。彼の気持ちに応えてもいいと思えるようになるのを待ってくれている。それは本当にありがたいし嬉しいことだった。こんな私のことを好きでいてくれるなんて……

バンクレンチの結婚をきっかけにしたのか、彼の部下達も次々と相手を見付けて結婚してしまった。そうして、間諜としてそれぞれの国に残ることになった。

だけど同時に、抜けた分だけ、現地で人を雇うことにもなったんだ。

その一人が、タレスリレウト、ううん、マウレハンスだった。

彼は、メトラカリオス陛下の家臣、<マウレハンス・ペテルソンエス>として私達の警護役兼それぞれの国での調整役を任されて、私達と一緒に回ってくれてたのだった。

それが、途中で正式に<ミスト商会の社員>として所属することになったんだ。ちなみにミスト商会というのは、メトラカリオス公国で立ち上げた会社の名前だ。そのミスト商会が、ムッフクボルド共和国内での事業を取り仕切ることになる。そしていずれ私が去った後は、マウレハンスがその社長をすることになる。

「まさかあなたがうちに入るとは思わなかったよ」

基本的には芸術家肌であまり商売とか詳しくなさそうだったから、そういう意味で意外だった。

でも彼は、

「これも、陛下の御恩に報いる為です」

とか言われたら、なるほどと思うしかない。

王太后からの横槍が入る心配も無くなり、マウレハンスはもう自由に振る舞うことができた。だから陛下も、もっとも信頼している彼に任せることにしたんだと思う。

当然の成り行きなんだろうな。

だけど、仕事を任せるからにはしっかりと学んでもらわなきゃならない。ムッフクボルド共和国内での本社機能はすべて渡すことになるからいい加減じゃ困る。

堆肥への変換、回収・運搬、管理、畑への混ぜ込み方とその量、作物の管理方法。覚えてもらうことは山ほどあるよ。

なのにマウレハンスは、

「頑張ります」

ときっぱり言ってのけて、不平一つもらさず実際にやってみせた。

「私が知らなかったことをたくさん知られて楽しいです」

とまで彼は言う。

今までいろんな意味で抑圧されてきたことの鬱憤を晴らすみたいに仕事に打ち込んでくれた。

その姿はすごく楽しそうだった。

それと同時に、少し時間がある時なんかには、<吟遊詩人>として振る舞ってた時のように、歌声を披露してくれる。

この時、彼が披露してくれた歌が、彼と出会った時にも歌ってた、<失われてしまった故郷を偲ぶ唄>だった。

「これは、母の父、私の祖父にあたる人の望郷の念を歌にしたものなんです」

とのことだった。

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