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人間とは面倒臭い生き物なのだ。何かにつけて<言い訳>や<根拠>や<大義>が必要になる
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ただ、王太后様の件は、私が思っていた以上に複雑なことらしかった。
「メトラカリオス公国における主戦派の実質的な首魁は、どうやら王太后のようだな」
とは、クレフリータの弁。
実は陛下から説明を受ける前にはもう、あの事件の大まかな概要については彼女は既に掴んでて、陛下の話がそれを裏付けてくれた形だったらしい。
まったく。私のことを『抜け目ない』とかどの口が言うのって感じだよね。
私からすればクレフリータの方がよっぽど怖いって。
「今回、雪瓜の畑での<訓練>も、開戦に向けてのものだということで行ったという話が聞かれたな」
「あ~、そりゃそうかもね。普段の訓練で何もわざわざ畑を踏み荒らす必要もないもんね。より実戦的なシチュエーションを想定してのってことって訳か」
「ああ、もちろんそれはただの建前上の話でしかないが、兵士としても自国の畑を踏みつけるにはそれなりの<言い訳>が必要だっただろう。『これは、かかる事態に向けてどうしても必要な訓練なのだ』と自らに言い聞かせる必要もある」
「面倒臭い話だね」
「確かにな。が、お前も知っての通り、もとより人間とは面倒臭い生き物なのだ。何かにつけて<言い訳>や<根拠>や<大義>が必要になる。しかし同時に、それらさえあればどんなに道理に外れたことでもできてしまうのも人間という生き物の一面だ」
「そうだね。分かるよ」
「王太后自身も、己の境遇や、開戦に向けての準備といった、<今の彼女に必要な理由>があればこそ、あれほどの真似もできた。食料事情の悪化が予測される今のこの国において作物を踏み荒らし兵站となるものを台無しにすることがどれほど愚かしいことか、冷静な頭があれば分からぬ筈がない」
「当然の話だよ」
「うむ。そういう諸々があってこその事件だった訳だが、しかし今回のことは、我々にとっては<怪我の功名>となる可能性も出てきたぞ」
「…? どういうこと?」
「私が今言ったことそのままだよ。今回の一件は、主戦派の中でも評判が悪くてな。『これより戦が始まるというのに、兵站となる作物を踏み荒らすとは何事か!?』と憤る者が出てきているそうなのだ」
「と、いうことは……?」
「ああ。王太后は己の目先の感情に走って、開戦に向けて引き締めを図らねばならぬ主戦派の間に不協和音を生んでしまったということだ。この隙、見逃す訳にはいかん」
言葉を区切り、私の顔をぐっと覗き込んで、クレフリータがニヤリと悪い顔で笑った。彼女がこの顔をするのは、確実な<勝算>を掴んだ時だ。
『そっか……彼女に任せておけば大丈夫だな』
と、私は実感したのだった。
「メトラカリオス公国における主戦派の実質的な首魁は、どうやら王太后のようだな」
とは、クレフリータの弁。
実は陛下から説明を受ける前にはもう、あの事件の大まかな概要については彼女は既に掴んでて、陛下の話がそれを裏付けてくれた形だったらしい。
まったく。私のことを『抜け目ない』とかどの口が言うのって感じだよね。
私からすればクレフリータの方がよっぽど怖いって。
「今回、雪瓜の畑での<訓練>も、開戦に向けてのものだということで行ったという話が聞かれたな」
「あ~、そりゃそうかもね。普段の訓練で何もわざわざ畑を踏み荒らす必要もないもんね。より実戦的なシチュエーションを想定してのってことって訳か」
「ああ、もちろんそれはただの建前上の話でしかないが、兵士としても自国の畑を踏みつけるにはそれなりの<言い訳>が必要だっただろう。『これは、かかる事態に向けてどうしても必要な訓練なのだ』と自らに言い聞かせる必要もある」
「面倒臭い話だね」
「確かにな。が、お前も知っての通り、もとより人間とは面倒臭い生き物なのだ。何かにつけて<言い訳>や<根拠>や<大義>が必要になる。しかし同時に、それらさえあればどんなに道理に外れたことでもできてしまうのも人間という生き物の一面だ」
「そうだね。分かるよ」
「王太后自身も、己の境遇や、開戦に向けての準備といった、<今の彼女に必要な理由>があればこそ、あれほどの真似もできた。食料事情の悪化が予測される今のこの国において作物を踏み荒らし兵站となるものを台無しにすることがどれほど愚かしいことか、冷静な頭があれば分からぬ筈がない」
「当然の話だよ」
「うむ。そういう諸々があってこその事件だった訳だが、しかし今回のことは、我々にとっては<怪我の功名>となる可能性も出てきたぞ」
「…? どういうこと?」
「私が今言ったことそのままだよ。今回の一件は、主戦派の中でも評判が悪くてな。『これより戦が始まるというのに、兵站となる作物を踏み荒らすとは何事か!?』と憤る者が出てきているそうなのだ」
「と、いうことは……?」
「ああ。王太后は己の目先の感情に走って、開戦に向けて引き締めを図らねばならぬ主戦派の間に不協和音を生んでしまったということだ。この隙、見逃す訳にはいかん」
言葉を区切り、私の顔をぐっと覗き込んで、クレフリータがニヤリと悪い顔で笑った。彼女がこの顔をするのは、確実な<勝算>を掴んだ時だ。
『そっか……彼女に任せておけば大丈夫だな』
と、私は実感したのだった。
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