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母の気持ちを考えるとそこまでは触れる気はなかったのですが……

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『陛下がそのようにされる必要はないんです』

私の言葉に、陛下は困ったように微笑んだ。

「まったくあなたは本当に底の知れない人物だ。私の母もあなたのようであればこのようなことはなかっただろうに……

そう、私がこのように頭を下げるのは、あくまで母があなた方に迷惑を掛けた個人としてのことだ。あなたの言うとおり、<メトラカリオス公国の王>としては頭を下げることはできない。故に今日、あなた方をここに招いたのだ。私人としてね」

「陛下のそのお気持ちだけで私はもう十分です。次の秋まで、精一杯、役目を果たさせていただきます」

ムッフクボルド共和国の首長として、メトラカリオス公国の国王として、頭を下げることはできない。でもだからこそ、私人として丁寧に詫びを入れたいという陛下の気持ちは伝わった気がした。だからもう、この件は終わり。

私としてはね。

ただ―――――

一つだけ気になったことがあったけど敢えて私の方からは言わないでおこうと思ったことを、クレフリータが容赦なく突っ込んだ。

「ですが陛下、タレスリレウト侯のお話ですと、彼の母君と陛下の母君は姉妹であったとのことでしたが、それは本来、内密にすべきことだったのでしょうか?」

そうだ。彼は確かに、彼の母親と王太后とは実の姉妹だと言った。でもさっきの陛下の話にはそのことは一切出てこなかった。だからそれは触れちゃいけないことなのかなと思ったんだ。

すると陛下は、もう一つ困ったように笑った。

「ハンスのやつ、そんなことまで話したのですか? しょうがないやつだ……

ええ、そうです。ハンスの母は、妾腹の子ではありますが、母にとっては実の姉だったのです。家には迎えられず卑しい身分の者として野に置かれ、それがまた母にとっては忌まわしかったのでしょう。妾腹の子である己の姉が、自分の夫の子を産んだなどと。

私としても、母の気持ちを考えるとそこまでは触れる気はなかったのですが……」

「なるほど。承知しました。このことは私どもの胸にとどめておくとしましょう」

クレフリータが私達の方に目配せをしながら言った。それに対して、私もルイスベントもバンクレンチも黙って頷いた。言われなくても誰にも話すつもりはなかったし。タレスリレウトから聞いてた時点で、王妃の実のお姉さんが<召使い>をしてるなんて訳アリなんだろうなってすぐにピンときたから。

たぶん、この話を聞いて、殆どの人は陛下のお母さんのことを、とんでもなく我儘な悪女のように感じるだろうな、

でも私は、どちらかと言えば<可哀想な女性ひと>だと思ってしまったんだ。

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