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でもそこに住んでるのも、ただの人間なんだ。RPGとかの<敵モンスター>じゃない

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『だってお前、それ<仕事>だろ?』

この時、バンクレンチが言ったことが全てだった。タレスリレウトは確かに間諜だったかもしれないけど、それはあくまで彼の<仕事>に過ぎない。そこに彼自身の悪意や感情はない。彼がやらなくてもどうせ他の誰かがしてたことだ。しかも、この世界ではそれは当たり前に存在する仕事なんだ。

「あなたは普通に仕事してただけなんだから、別に気にしないよ。今だって私達の様子を陛下に報告するんでしょ? いちいち目くじら立ててたらキリないよ」

飲み過ぎないようには気を付けてるけど、それでもお酒で自分の顔が少し赤くなってるだろうなっていうのを感じながら、私もタレスリレウトに向かってそう言ってた。

「……ありがとうございます……!」

なんだか目が潤んでるようにも見える彼に、私はさらに言う。

「それにさ、私達に他意がないことをちゃんと陛下に報告してもらえるんならむしろありがたいじゃん。私はただ、畑に立派な作物が育つところを見たいだけだよ。それがみんなの役に立つならそれで十分。それが私の<仕事>だよ」

嘘偽りない、私の正直な気持ち。

もちろん、飢餓をなくして戦争をなくして奴隷制度とかもなくしたいっていうのも本音だけど、そんなに上手くいくかどうかなんて何の保証もないし、これまで上手くいってたからってこれからも上手くいく保証もない。

ただ、土は裏切らないんだよ。人間が努力したらその分だけ返してくれるんだよ。<実り>って形でさ。それを見てるだけでも楽しいよ。土塗れになってへとへとに疲れる値打ちがあるよ。

そりゃ、豊作になるかどうかは土以外の要因もあるよ? 天候とか、病気とか。私がここに来るきっかけになった<悪魔のパン>騒動みたいなことだって起きる。だからいつだって報われる訳じゃない。でもさ、そういうのも含めて<農業>なんだよ。

一筋縄ではいかないことも多いけど、それだって上手くいったときの喜びを一層引き立ててくれるスパイスみたいなものだよ。今まではそのスパイスが効きすぎたりしてそれが戦争の引き金になってたとしても、畑の力を十二分に引き出して備蓄を増やしたり国内で都合し合えるようになれば、わざわざ他の国に奪いに行く必要もなくなるよ。

そしたらさ、戦争を起こす理由の一つが潰せるじゃん? 戦争そのものは完全にはなくならなくても、一つでも減らせれば結局みんなが助かるじゃん?

ネローシェシカもそれを望んでると思うんだ。

そう。この、<ムッフクボルド共和国>は、ネローシェシカが亡くなる原因になった戦争を起こした国だ。私にとってはある意味では憎い<かたき>でもある。でもそこに住んでるのも、ただの人間なんだ。RPGとかの<敵モンスター>じゃない。

私は、それを確かめる為にもこの国に来たんだ。



ネローシェシカ……

私、恨みで目が眩んだりしないで済んでるよ。安心してね……

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