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もし私がいなくても、この世界はちゃんと前に進んでるんだと思う
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ところで、間諜か何かだと私達が推測してたタレスリレウトについてだけど、一ヶ月ほど私達の仮住まいの屋敷に留まって毎日歌を披露してくれた後、
「そろそろお暇を頂きたく思います」
って申し出てきたからその通りにしてあげた。良い歌い手だったんだけど、さすがにヘビーローテーションが過ぎたから飽きてきてたのもあって、私も引き留めなかった。
「本当にただの吟遊詩人だったのかな…?」
彼が去った後、夕食の時に私が言うと、ルイスベントは、
「いえ、それは分かりません。あくまで私達の様子を窺っていただけという可能性もまだあります。
ただ、何も行動を起こさなかったということは、その必要がなかったということも考えられるでしょう。私達が書簡で交わした約束を違えないという確証が得られたから引き上げたということかもしれない」
って。
なるほど。そういうのもあるのか。
いずれにせよ、タレスリレウトについては今の時点では何とも言えないから、あまり気にしないようにしておこう。知られて困るようなことも別になかったからね。
一方、バンクレンチ達の方は、
「あそこの酒場の料理、結構気に入ってたんだけどなあ」
「それよりも、給仕の女の子とやっと話ができるようになったのに、それが残念だよ」
「あのタヌキみたいな娘? 相変わらず物好きだなお前」
「なんだと!? 俺の天使の悪口は許さんぞ貴様!」
みたいな話で盛り上がってたらしい。
なんか、転勤が多いサラリーマンみたいだなとも思ってしまった。
彼ら自身が選んでのこととは言え、ちょっと申し訳ない。
あと、アウラクレアとリレにも、次の国に行くということを手紙で知らせておいた。落ち着いたらまた手紙を出さなくちゃね。
それからふと、ブルクバンクレンさんのことを思いだした。彼も奴隷の出身だったのか。ブルクバンクレンという姓は、奴隷狩りに遭って壊滅した集落の人達のそれを付けて名乗ってたらしい。
私がいた日本に比べるとまだまだ身分制度が根強く残ってるムッフクボルド共和国だけど、そのせいで優秀な人達が目が出ないままで終わってることもあるみたいだけど、それでも、たとえ日陰仕事ではあっても、きちんと人間として仕事に就くこともできるということについては、この世界も少しずつ進んでるんだなって感じてしまった。
そうだ。もし私がいなくても、この世界はちゃんと前に進んでるんだと思う。
私はその中でほんのちょっとだけ先にいるというだけに過ぎない。
だけど、その『ほんのちょっと』で救われる人がいるなら、私がしてることにも意味があるんだろうなと、まだこれから刈り入れという、輝くようなまさに小麦色の畑の中の道を進む馬車の上で、私は思ったのだった。
「そろそろお暇を頂きたく思います」
って申し出てきたからその通りにしてあげた。良い歌い手だったんだけど、さすがにヘビーローテーションが過ぎたから飽きてきてたのもあって、私も引き留めなかった。
「本当にただの吟遊詩人だったのかな…?」
彼が去った後、夕食の時に私が言うと、ルイスベントは、
「いえ、それは分かりません。あくまで私達の様子を窺っていただけという可能性もまだあります。
ただ、何も行動を起こさなかったということは、その必要がなかったということも考えられるでしょう。私達が書簡で交わした約束を違えないという確証が得られたから引き上げたということかもしれない」
って。
なるほど。そういうのもあるのか。
いずれにせよ、タレスリレウトについては今の時点では何とも言えないから、あまり気にしないようにしておこう。知られて困るようなことも別になかったからね。
一方、バンクレンチ達の方は、
「あそこの酒場の料理、結構気に入ってたんだけどなあ」
「それよりも、給仕の女の子とやっと話ができるようになったのに、それが残念だよ」
「あのタヌキみたいな娘? 相変わらず物好きだなお前」
「なんだと!? 俺の天使の悪口は許さんぞ貴様!」
みたいな話で盛り上がってたらしい。
なんか、転勤が多いサラリーマンみたいだなとも思ってしまった。
彼ら自身が選んでのこととは言え、ちょっと申し訳ない。
あと、アウラクレアとリレにも、次の国に行くということを手紙で知らせておいた。落ち着いたらまた手紙を出さなくちゃね。
それからふと、ブルクバンクレンさんのことを思いだした。彼も奴隷の出身だったのか。ブルクバンクレンという姓は、奴隷狩りに遭って壊滅した集落の人達のそれを付けて名乗ってたらしい。
私がいた日本に比べるとまだまだ身分制度が根強く残ってるムッフクボルド共和国だけど、そのせいで優秀な人達が目が出ないままで終わってることもあるみたいだけど、それでも、たとえ日陰仕事ではあっても、きちんと人間として仕事に就くこともできるということについては、この世界も少しずつ進んでるんだなって感じてしまった。
そうだ。もし私がいなくても、この世界はちゃんと前に進んでるんだと思う。
私はその中でほんのちょっとだけ先にいるというだけに過ぎない。
だけど、その『ほんのちょっと』で救われる人がいるなら、私がしてることにも意味があるんだろうなと、まだこれから刈り入れという、輝くようなまさに小麦色の畑の中の道を進む馬車の上で、私は思ったのだった。
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