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これでも、多少は人の心というものを持ち合わせてるんですよ

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「我々はいつでも貴公を厚く遇する用意をしている。腰を落ち着けたくなったらぜひ我が国にきてくれ」

と、ヘルデカイラス公国の領主様は名残惜しそうに言うけど、そもそも私達を拉致してまで連れてこようとしたことについては当然忘れてないから、内心、苦笑いしか浮かんでこなかった。

ただ、それもこの世界においては普通に行われてることなんだから、責めたって意味がない。だから微妙に笑顔がひきつるのを自分でも感じながら、私は、

「身に余る光栄です。陛下」

って感じで社交辞令全開で挨拶させてもらった。

それでも名残惜しそうにあの手この手で引き留めようとするのを振り切って、メトラカリオス公国に向けて出発する。途中、ブルクバンクレンさんが道端に立って私達を見送ってくれてた。少し馬車を止めて、言葉を交わす。

「あなた方とは必ずしも良好な関係ではありませんでしたが、でも、私のこれまでの人生の中でも指折りの楽しい時間だったと思います。また機会があればご一緒したいですね」

人の良さそうな、でも目の奥は笑ってないいつもの表情で、彼はそう言った。何故か、皮肉でも社交辞令でもなくそう言ってるのが分かった。

「私は、あなたのことが好きじゃありません。でも、あなたも自分の仕事に忠実で根は真面目なんだって感じました。友人にはなれそうにもないですけど、もしこの国でまた仕事をすることがあれば、担当者はあなたにお願いしますって言ってもいいかな」

それは、私の正直な気持ちだった。油断できない危険な人なのも事実だと思う。だけど、利害関係が一致してる限りはむしろ信用してもいいのも事実なのかな。監視と同時に、警護も担当してくれてたんだし、私達がこの国で安全に過ごせたのは、ブルクバンクレンさんのおかげもあると思うんだ。

「……私は、親が奴隷だったんです。だから私も奴隷として生きるしかなかった。そう思ってきた。ですが、この国では奴隷であってもそれなりの仕事に就けるチャンスがあった。だから私はこの国に忠誠を誓っている。

あなたが、プリエセルエラ公国に置いてきた奴隷の娘も、きっと私と同じなんでしょう。だからあなたの為に懸命に働こうとしてた。向こうも順調なようですよ」

「…気付いてたんですか?」

「ええ。もっとも、私が命じられたのは、あなたとその直接の部下の方々の拉致でした。奴隷や現地で雇った人間については埒外とされていました。だから私はあのリレという娘については手を出さなかった。

これでも、多少は人の心というものを持ち合わせてるんですよ」

と、ブルクバンクレンさんは、今度はふわりとちゃんとした笑顔を浮かべたのだった。

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