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五百年くらいはかかるかもだけど、いずれはそうなると思うよ

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クレフリータに釘を刺されて身が引き締まった後で、でも私と彼女は、一緒に湯船に浸かって、

「はあ~…」

とか声を漏らしてた。二人してとろけたお餅みたいになって寛ぐ。

「この<風呂>というのはいいな……体中から毒が抜けていくようだ……」

な~んてクレフリータは言うけど、

「え~? リータから毒が抜けたらなんにも残んないじゃん」

なんてつい返してしまう。貴族の子女に向かってよくそんなことが言えるなと自分でも呆れるけど、もう今さらって感じもある。

「私にそう言ってくれるのはお前くらいのものだ。国では、私の身内以外は、いや、たとえ身内でも、腫れ物に触るかのように無暗に気遣われることが多い。この<呪われた体>を疎んだり畏れたりしてな。

お前の世界では私のような体を持つ者も珍しくはないと言ってたが、その者達は幸せなのか?」

さっきまでとは打って変わて、ただの世間話として訊いてくる彼女に、私も気負わず返す。

「そうだね~。幸せかどうかは、正直、本人にしか分からない話だと思う。ただ、やっぱり色々大変なのも事実だと思うよ。誰もが幸せに生きてるかって言われたら、正直、疑問かな」

「やはりどこに行っても生きるというのは苦労がつきまとうということだな」

「月並みだけどそういうことだよね」

意外なことに、もう何年も一緒にいたのに、彼女は私の世界のことについては実はそれほど詳しく訊いてこなかった。彼女曰く、「余所に憧れてしまうのが悔しい」ということだった。私の世界の便利だったり進んでたりすることに対して羨ましがったりするのが嫌なんだそうだ。

「でもどうして今になってそんなことを…?」

だから私もそう尋ねてしまった。すると彼女は、フッと笑って、

「いや、何となく、お前の世界に生まれていたら、私はどんな人間になってたのかなと思ってな…」

呟くようにそう言った。

『呪われてる』と他人から思われる、その小さな体で生きるにはどれだけ大変だったのか、私には想像もつかない。それでも彼女は生き延びた。生き延びる為に、その体では足りない部分を補う為に、人並み以上に働くその頭をフルに活かしてきたんだろうなと改めて思わされた。

「私の世界でもまだ、すべての人が幸せに生きられる訳じゃない。だけど、犯罪は確かに昔に比べて減ってるし、戦争を回避する為に努力しようという気概はあると思う。本当に少しずつだけど、生きやすい世の中に変わろうとしてるんだろうなっていうのは、ここに来てみて感じたよ。ここも決して悪い世界じゃないけどさ、私が住んでた国ではここまでガッチガチに身分には縛られてなかったな」

そう言う私に、

「この世界も、いずれそうなると思うか?」

と彼女は問う。

だから私は、

「そうだね。あと、五百年くらいはかかるかもだけど、いずれはそうなると思うよ」

と答えたのだった。

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