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じゃあ、ここでも<悪魔のパン>が出来ちまうってことか…!?

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ムッフクボルド共和国政府としても、別に感染を拡大させるつもりなんてないと思う、それは当然だ。だけど正確な知識がないから的確な対策が行えない。それだけの話なんだ。

モルスエイトさんのところに配られた種は、麦角汚染が発生したところとは別の地域で収穫された小麦から採られた種だった。だけどそれも結果的には既に感染していたんだ。と言うか、むしろそっちが感染源である可能性すらある。

その辺りを確定させるにはさらに大々的な調査が必要になるけど、今はとにかくここにある汚染された種をどうにかするのが先決だ。

だから私は、魔法を使って、麦角菌(によく似た菌)そのものを駆逐する方法を探った。製粉技術を向上させることで除去もできるけど、地球では農薬により繁殖を抑える方法も取られてる。

農薬の開発にはいろいろ気を付けないといけないことも多いから今はまだ避けたい。それよりも、この世界には細菌に直接働きかける<魔法>がせっかくあるんだ。だったら菌そのものを退治する魔法を開発する方が確実だと思う。

私は、しとしとと長雨が続く中、モルスエイトさんが担当する畑の近くに建てられた小屋に籠り、<顕微魔法>で菌の様子を確認しながら、これまで身に付けた魔法の知識を総動員して効果的な組み合わせを探った。

その間にも、試験的に植えられた小麦は、雨が多くて日照不足気味にも関わらず順調に成長していく。以前、別の畑で小麦の生産も行ったことがあるモルスエイトさんでも見たことない速さで。

「…こ、こりゃあ、もしかしたら収穫できちまうんじゃないか…?」

あくまで生育具合を見るのが目的で収穫は考えてなかった筈のそれが既に出穂し始めてる様子に、彼も唖然とするしかなかった。

そんな最中さなかに、私はついに見付けた。麦角菌を抑える魔法を。

あとはこれが本当に効果があるかどうかを確かめるだけだ。

私がモルスエイトさんの畑に来てから二ヶ月以上が過ぎていた。

そして、その効果を試す機会は、すぐに訪れた。

「麦角菌が発生してる…」

モルスエイトさんの畑で試験的に栽培して、出穂が始まってた小麦の一部に、穂が黒く変色するあの特徴的な症状が出てたんだ。

少し雨が多く、湿度が高い日が続いてたこともあって、発生したんだろうな。

「そんな……じゃあ、ここでも<悪魔のパン>が出来ちまうってことか…!?」

青褪める彼に、私はきっぱりと言った。

「そうさせない為に私は来たんです。今から、この畑の麦角菌を退治します」

理論上はもう完璧の筈だ。種についていた菌はこれで死滅した。

私は呪文を唱え、魔法の効果が畑全体に及ぶように力を込めたのだった。

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