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回帰

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いよいよ灯安良てぃあらの出産が近付き、彼女は仲元幸恵なかもとゆきえが勤める、もえぎ園とも縁の深い病院に入院することになった。

入院中の付き添いとしてもえぎ園の職員が派遣され、さらにそのサポートとして銀朱荘ぎんしゅそうからも人員が派遣され、万全の体制でその時を待つ。

一方、泰心たいしんは、『ところ構わず小便をする』という奇行はやまないものの、暴れたり他の園児に暴力を振るうことはなかった。ただし、職員に対しては気に入らないことがあると殴りかかったりもする。

とは言え、他の園児達、特に彼より幼い園児に対して同じように暴力を振るわない限りは、今すぐ強く諌めることもしない。

なぜなら、泰心たいしんのしていることは、

<決して勝てるはずのない圧倒的な存在に対する反抗>

ではあっても、

<自分より間違いなく弱い相手を力で捻じ伏せる行為>

ではないからだ。

後者の場合は、必ずその場その場で対処する。しかし前者の場合は、子供自身のストレス発散の意味も兼ねて、しばらく様子を見る。

実年齢十一歳。しかし明らかにそれよりも数年分は肉体的にも精神的にも発育が遅れている子供の暴力にうろたえるような脆弱な職員はもえぎ園にはいない。力では決して負けるはずがないのだから、慌てる必要もなかった。

無論、ここで凶器を使うようであればそれは止めるものの、泰心たいしんは素手でしか殴りかかってこなかった。それは、

『勝てるはずのない相手に身一つで立ち向かう』

という、彼なりの矜持であったのかもしれない。

実際、肉体的には非力な彼は、職員に腕を掴まれると前に出ることも引くこともできなくなった。そのくらい力の差があることは、彼自身、承知しているはずなのだ。その上で彼は、反抗した。

自分を虐げてきた<大人という存在>への抵抗として。

彼がそうせずにいられないことを、もえぎ園の職員達は、痛いほど理解している。かつての自分自身の姿として。

そういうことも含めて、もえぎ園は、

『人間を育てている』

のだ。

どれほど理屈を並べても、結局、そこに回帰してしまう。

獣を育てているのではない。育てているのはあくまで人間だ。

だから人間として接する。その当たり前のことを貫いているだけに過ぎない。

『人間として人間と接するというのはどういうことか?』

を、子供達の前で実践しているに過ぎない。

人間としての在り方を、子供達に実際の振る舞いで示すのだ。

『自分より弱い相手を力で捻じ伏せることはしない』

のも、その一環でしかない。

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