上 下
132 / 283
獅子倉勇雄

遵法精神

しおりを挟む
獅子倉勇雄ししくらいさおは弁護士である。パリッと糊の効いたスーツを身にまとい、細身の眼鏡を掛けた精悍なその姿は、理知的でありつつもどこか大型のネコ科の肉食獣を思わせる危険さを匂わせていた。

事実、彼は他人の命など、虫けらほどの価値も感じていない。必要とあらばその手にかけることさえ厭わない冷酷さを兼ね備えている人間でもあった。

そんな彼がどうして<弁護士>などをしているのか?

それは、彼が『法に従うこと』を、己を律する為の根拠にしているからである。彼は<情>では動かない。法によってのみ動くのだ。

弁護士としての仕事の為に目的地へと向かって歩いている時も、小さな交差点の信号さえ彼は無視しない。自動車など影も形も見えなくても、彼は信号を守る。その彼の横を、学生が赤信号を無視して渡っていっても、赤ん坊を背負った母親らしき女性が渡っていっても、スーツ姿の一見しただけなら品が良さそうにも見える初老の男性が、『なんで自動車も来てないのに律儀に止まってんだこいつ?』という侮蔑の眼差しを向けて通り過ぎても、まるで意に介さない。

なぜなら『正しいこと』をしているのは彼の方だからである。法を遵守しているのは彼の方であり、間違ったことをしているのは信号を守らない者達だからだ。

ちなみに彼は、エスカレーターや動く歩道でも、きちんと手摺りにつかまり立ち止まって使う。こちらは必ずしも<法>で明確に規定されている訳ではないが、エスカレーターや動く歩道のメーカーが、使用上の注意点として『手摺りをしっかりと掴んで立ち止まっての使用をお願いします』とアナウンスしているからである。

よく、エスカレーターや動く歩道について、

『急いでいる人間の為に片側を開けておくべきだ』

と主張する者がいるが、彼はそういう者達を鼻で笑ってさえいた。

『メーカーが『正しくない使用方法』として注意喚起している行為を優先するべきなど、噴飯ものだな』

彼にとってそういう行為は、

『風呂の中で充電しながらスマホを使う』

のと等しいくらいに、危険で愚かなものでしかなかった。

もしくは、道路で、

『急いでいるから制限速度を無視しても構わない』

と考えて自動車を運転したり、

『運転代行業を依頼できるほど裕福じゃないから、少しくらい酒を飲んでいても自分で運転するのは仕方ない』

と飲酒運転するのと同じと見做していた。なにしろ実際に、エスカレーターを歩いたり走ったりしたことによる事故も発生しており、それに伴う裁判の弁護も何度も行ったからである。



その一方で、彼は<権力>というものを憎んでもいた。これについては後程語るとして、故に<弁護士>なのである。権力を笠に着る人間を彼は憎悪していた。

特に警察や検察は、彼にとっては憎しみの対象でしかない。

さりとて、それを理由に法を無視して攻撃を加えたりもしない。その為の<遵法精神>であった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【殺し屋時代前編公開中!】『最後に笑えりゃ勝ちなのよ2nd ~5つ星評価のよろずサービス「まかせて屋」の「元殺し屋」の女主任の物語~』 

M‐赤井翼
現代文学
「コア読者の皆さん」「旧ドク」の方々! お待たせしました!「さいわら2nd」いよいよ公開です もちろん新規の読者さんもウエルカムです! (。-人-。) 「マジ?」って言われるのを覚悟で最初に書きます。 前回の「さいわら」とは別の女性が主人公の「セミドキュメンタリー作品」です。 前作の「(通称)秋田ちゃん」に負けず劣らずの「過激な人生」を送ってきた「元殺し屋」の女の子の話です。 渡米をきっかけに、「オリンピック」出場を夢見る普通の女子高生が、ある日突然、やむにやまれぬ事情で、この先4度戸籍を全くの「他人」と入れ替え生きていくことになります。 手始めにロサンゼルスのマフィアの娘となり「対人狙撃手」としての人生を送ることになります。 その後、命を危険にさらす毎日を過ごし、ロシアンマフィアに「養父」を殺され上海に渡ります。 そこでも「中国籍」の「暗殺者」としてハードな任務をこなしていきます。 しかし、上海も安住の地ではなく、生まれ故郷の日本の門真市に戻り「何でも屋」を営む「実の兄」と再会し、新たな人生を歩み始まる中、かつての暗殺者としての「技術」と「知識」を活かした「門真のウルトラマン」としての人生が始まります。 そして、彼女が手にする「5つ目の戸籍」…。 「赤井、ついに「バカ」になっちゃったの?」 と言わずに、奇特な人生を送った「蘭ちゃん(※人生4つ目の門真に戻ってきてからの名前です)」を応援してあげてください。 (※今、うちの仕事を手伝ってくれている彼女も皆さんの反応を楽しみにしています(笑)!) では、全31チャプター! 「えぐいシーン」や「残酷なシーン」は極力排除していますので「ゆるーく」お付き合いいただけましたら幸いです! よーろーひーこー! (⋈◍>◡<◍)。✧♡

黒靴短編

未田不可眠
現代文学
肌が真白の「白々少年」は潔白であることにこだわっていた。なにか起きても我関せずと心構えていたが、彼の居る中学校で盗難事件が発生する。調べるうちに、白々少年に疑惑が浮かんでくるが・・・。 すっごい短い作品です。恐らくこれから作品群となります。

【実録】人が死にいたる道

すずりはさくらの本棚
現代文学
タイトル:ファースト・オピニオン「発達障害および譫妄処方箋」 【実録】人が死にいたる道 著者:遠藤さくら 構成作家:「すずりはさくらの本棚」 夕方・就寝前「投薬」 インチュニブ3mg*2=6mg「一日一回」、セパゾン1mg*2=2mg「一日一回」、漢方ツムラ84番 大黄甘草湯「一日二回」、漢方ツムラ19番 小青竜湯「一日二回」、タケキャプ10mg「一日一回」、アミティーザカプセル24ug「一日一回」、マグミット錠330mg*2=660mg「一日一回」、ピコスルファー内容液「一週間」、ラコール200kcal「一日三回」、その他内科薬品。 ラボナ50mgの換わりに出されたお薬は、ヒベルナ/ヒルナミン25mg「ベゲタミンと同様の効果」でした。 主治医の優しさ、患者の苦痛の度合いにあった処方だったと思います。 セロクエル500mg「合計/750mg maxでした。」 そして、ベンザリン15mg「合計/いままでは26mg(10mg*2=20mg 5mg 1mg =26mg)でした。」、ルネスタ3mg「不眠時 8mg(4mg*2)追加」、デパケンR200mg*2=400mg、エスゾピクロン3mg「いままでは、1mgもありましたが減りました。」、テグレトール400mg「200mg*2=400mg」。が本日からの就寝薬でした。 効果 お薬変わってもぜんぜん効かなかった。二日目から効果実感。三日目からは4時間「1時過ぎに服用。」しか眠れなくなった。一次産業として算出されたベゲタミンは既に最強ではない。投薬後、6月21日以降から、投薬し続けたが、本日をもち、完全に機能が停止。ご臨終です。 セカド・オピニオン「統合失調症(抗パーキンソン病処方薬)処方箋」過去に服用したことがあるお薬の名前を列挙しました。あくまでも、素人思考なので、ファースト・オピニオンをこの場合は、一番とします。あれば便利かなーと思い、書き出しましたが、副作用も強く、患者さんによっては、適さないでしょう。本当は恨みをかわない為。 リスペリドン2mg(経口禁注射)「一日一回」、ベゲタミンB 同等薬『ジプレキサ2.5mg*2錠「一日二回」、ウィンタミン錠200mg*2錠 同等薬「イソミタール原末ウインタミン顆粒混合(医師決定量)」「一日一回」、コントミン糖衣錠25mg*2錠「一日二回」、レボフロキサシン錠500mg、「一日二回」、セルシン5mg「一日二回」、ロキソニン60mg「一日二回」、漢方ツムラ41番 補中益気湯「一日二回」、ジアゼパム5mg「一日二回」、漢方ツムラ1番 葛根湯「一日二回」、漢方ツムラ10番 柴胡桂枝湯「一日二回」、メインテート錠5mg*2錠「一日一回」』。

人生の時の瞬

相良武有
現代文学
 人生における危機の瞬間や愛とその不在、都会の孤独や忍び寄る過去の重みなど、人生の時の瞬を鮮やかに描いた孤独と喪失に彩られた物語。  この物語には、細やかなドラマを生きている人間、歴史と切り離されて生きている人々、現在においても尚その過去を生きている人たち等が居る。彼等は皆、優しさと畏怖の感覚を持った郷愁の捉われ人なのである。

私のおウチ様がチートすぎる!!

トール
恋愛
病死後、魔物の蔓延る森へ転生していた藤井かなで(41→15)。 今度こそ結婚して家庭を築きたい! と思っていたのに、最弱過ぎて森から出られない!? 魔法は一切使えない最弱主人公が、唯一持っているスキル“家召喚”。ただ家を建てるだけのスキルかと思ったら、最強スキルだった!? 最弱な主人公とチートすぎるおウチ様が、美味しいご飯を餌に、森に捨てられた人を拾っていつの間にか村を作っちゃうハートフルホームファンタジー開幕。 ※この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。

さようなら。また会おうねと、きみは言う。

あるす
現代文学
ありふれた平凡な日々から受け取った衝動をそのまま唄にしました。こんな唄が誰かに届いたら嬉しいです。 「ノベルアップ+」様でも掲載中です。

ジャイロスコープ

碧井永
現代文学
 万人に夜はくるけれど、朝のくる人間は限られているのではないかと思っていた。少なくとも、僕に朝はこなかった。暗鬱な夜には、月明かりも星明りもない。光は、ない。  時々、風鈴の音がするだけだった。  心を回し、回転させながらでないと、直線を保って生きていくことができない。回転体の慣性の法則を利用した、僕の心。どれだけ世界が傾いても、僕の回転する心は、同じ方向を保ち水平に飛んでいける。  それが僕の編み出した生き方であり、処世術。  見抜いたのは、たった一人。いや、二人だろうか。  茉莉(まつり)は「冷たい」だけでなく、「怖い」と言った。偽りでも、偽りの本気で付き合った茉莉には、知らずしらずのうちに見せてしまっていたのかもしれない。  笑顔の下に隠した、残酷なまでに純粋で、凶暴な本質を――。  婚約者がいるにもかかわらず。  大きな仕事が一段落した土曜日の朝。目覚めると、隣に寝ていたのは婚約者の茉莉ではなかった……。

スルドの声(反響) segunda rezar

桜のはなびら
現代文学
恵まれた能力と資質をフル活用し、望まれた在り方を、望むように実現してきた彼女。 長子としての在り方を求められれば、理想の姉として振る舞った。 客観的な評価は充分。 しかし彼女自身がまだ満足していなかった。 周囲の望み以上に、妹を守りたいと望む彼女。彼女にとって、理想の姉とはそういう者であった。 理想の姉が守るべき妹が、ある日スルドと出会う。 姉として、見過ごすことなどできようもなかった。 ※当作品は単体でも成立するように書いていますが、スルドの声(交響) primeira desejo の裏としての性質を持っています。 各話のタイトルに(LINK:primeira desejo〇〇)とあるものは、スルドの声(交響) primeira desejoの○○話とリンクしています。 表紙はaiで作成しています

処理中です...