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斉藤敬三

斉藤敬三

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斉藤敬三さいとうけいぞうが覚えている最も古い記憶は、暗闇と、そこに響く自分自身の泣き声である。それが、いつ、どこの記憶であるのかということはわかっている。

駅のコインロッカーだ。

通気の為に僅かに設けられた隙間から微かに光が差し込むだけでそれ以外はほぼ完全な闇に包まれたそこは、狭く、息苦しく、とても恐ろしい場所だった。だから彼は、声の限りに泣いて助けを求めたのだろう。本能的に。

それが功を奏したのか、泣き声に気付いた通行人の通報により彼は一命をとりとめた。あと半日、発見が遅れていたら危なかったかもしれないと言われた。

そしてそれは、彼がまだ、〇歳の新生児だった時の話である。斉藤敬三は、コインロッカーに捨てられていた、いわゆる<コインロッカーベビー>である。

ただ、『〇歳の時の記憶が本当にあるのか?』と問われれば、正直な話、彼にも自信がない。もしかすると、そんな気がするだけで、実は後になって聞かされたその話から無意識に記憶を作り上げてしまった可能性そのものも否定はできないからだ。

とは言え、彼がコインロッカーに捨てられていたというのは事実であり、今もその<記憶>があることもまた事実なのだが。

保護された彼は、児童保護施設<もえぎ園>へと引き取られ、そこで十八歳まで過ごすこととなった。

何度か養親探しは行われたのだが、コインロッカーに捨てられていたという事実が彼の心を荒ませていたのか幼い頃の彼は手の付けられない悪童で、ほとほと大人達の手を焼かせていた為に、彼に適した養親が見つけられなかったという事情もあった。

当時の<もえぎ園>にはまだそういう子供への適切な対処法が確立されておらず、まだまだ手探りの状態だったのである。

問題行動を繰り返す児童に対して適切な対処ができるようになったのは、宿角蓮華すくすみれんげの母親である宿角梢すくすみこずえが園長になる前後だったようだ。

とは言え、当時の<もえぎ園>の園長をはじめとしたスタッフ達が不実な人間だったのかといえば決してそうではなく、あの頃はまだ『聞き分けのない子供は殴って言うことを聞かせればいい』という考え方が一般的だった為に、その影響が色濃く残っていただけである。

だが、幼い頃の斉藤敬三は大人をとことん信用しておらず、むしろ不倶戴天の敵と見做していたことから、殴ろうが蹴ろうがまるで堪えず、逆に反発を強めていくだけという状態だった。

そんな彼が認識を改めることになったのは、十二歳の冬のことであったと思われる。

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