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戸野上探偵事務所

ダメ人間or聖人君子

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釈埴しゃくじきさんを警察とかに突き出す気ですか……!?」

待ち合わせの喫茶店で顔を合わせた瞬間、その女性は噛み付かんばかりにそんなことを訊いてきた。挨拶よりも先にそんなことを言ってくるのだから、これまたかなり面倒なタイプだというのは一目で分かるというものだろう。

「いや、それは僕の仕事じゃないから……」

と、今度は気弱な、『仕事で仕方なくやってます』風の態度で戸野上とのがみはその女性と対峙した。この手の<演技>も堂に入ったもので、もともと戸野上自身が目立たない、他人に強い印象を持たれないタイプであることも相まって、普通の人間なら完全に信じてしまうものだった。

「ホントですね…?」

その女性、栗切得亜くりきりえるあは険しい表情で念を押してくる。彼女も、神村井雫かむらいしずくと同じように、釈埴新三しゃくじきしんざに対して並々ならぬ情を感じているのが一目瞭然だっただろう。

ただし、普通に<恋愛関係>だったであろう神村井雫のそれに比べると、やや先鋭的な雰囲気もある。どちらかと言えば<信仰>にも等しい<尊敬>だろうか。

それを彼女が自ら説明してくれる。

「釈埴さんは、私の命の恩人なんです。あの頃、付き合ってた男性に騙されていろいろあって生きる気力をなくしてた私にすごく親切にしてくれて、釈埴さんのおかげで私は今でも生きてられるんです。彼は私の心の支えなんです…!」

『今度は、<命の恩人>ときたか…』

困ったような愛想笑いを浮かべつつ戸野上はそんなことを考えていた。しかし、これはまた極端な人物像である。これまでの印象からすればそこまで他人に熱心に係わるような人間には到底思えないのだが、好かれる相手からはかなり好かれるタイプだというのも事実だろうから、それの極端な事例ということなのかもしれない。

「釈埴さんは、不器用だけど本当に優しい人なんです。私が自殺したいとメールしたら、励まそうとしてすっごい長文メールを送って来てくれて。最初はびっくりしたけど彼の優しさがすっごく伝わってきて、そのメールは今でもパソコンとスマホとメモリーカードに保存してプリントアウトして財布に入れてます。落ち込んだ時に読み返すと元気が出るんです」

とのことだった。その後も、

「それからも私の愚痴を黙って聞いてくれて、でもそれと同時に私が欲しいと思ってた言葉を掛けてくれて、そのおかげで立ち直れて……!」

などという調子で、釈埴がいかに素晴らしい人間かというのをこんこんと説いてきたのだった。

『この女性は、確かに釈埴によって救われたんだろうな…』

多くの人間からは<ダメ人間>に見える者でも、不思議と噛み合う人間が相手だとまるで<聖人君子>のように見えることもあるという実例であったのだろう。


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