上 下
99 / 283
戸野上探偵事務所

手懐ける術

しおりを挟む
自分から見えている状況だけで一方を<悪>と断じ<正義の制裁>を加え悦に入っていたという浅ましい青春時代を過ごした戸野上だったが、その本質は、善か悪かと言われれば、やはり<悪>寄りの人間だったのだろう。

なにしろ、別にイジメの被害者に同情したからそんなことをしたのではなく、ただ『自分の思う正義に反してた奴にムカついたから痛めつけた』だけであり、しかしそれを<正義>だと思い込んでいたのだから。

これは<正義>などでは決してない筈だ。むしろ<正義のふりをした悪>であると言ってもいいものであった。

ただこれでも、彼が本質的に持っているものからすれば随分と改善されたものであった。

でなければ彼は、『ただ気に入らない』という理由で他人を次々と殺す、連続殺人犯になっていてもおかしくない程だったのである。

それだけ危険なものを彼は秘めていたと言える。そしてそれは、紛れもなく彼の両親が育んだものだった。なにしろ虐待が発覚するまでは道を踏み外さずにこれたように見えるものの、結局は戸野上威とのがみたけるに対する虐待の容疑で共に逮捕され、執行猶予付きとは言えど有罪判決を受けたのだから。

同時に、当時の<もえぎ園>園長によって起こされた裁判によって親権停止も言い渡され、戸野上は<もえぎ園>によって養育されることとなった。

そこで彼は、<自分にとって大切な人>達と出逢い、その人達の為に自分を制御する、自分の中の、<笑いながら他人を殺すことができてしまう気性>を手懐ける術を身に付けたことによって今日こんにちまでやってこれたのである。

いや、実際には高校の時の件があるので、完全とは言い難いが。

その<償い>という訳ではないものの、全治三か月の重傷を負ったイジメ加害者及び被害者、さらにその家族に至るまで、双方の諍いの間に入って折衝を行う役を長年にわたって行ってきたリもした。

またそれによって人間というものの業の深さを改めて知り、自分を制御する為の<反面教師>とすることとなった。

本当に、単純に加害者とか被害者という区別では語れない事例が世の中にはあるのだということを戸野上は知った。

以来、彼は加害者とも被害者とも敢えて距離を置くようにし、どちらの肩入れも行わないように気を付けている。それがどこまで成功しているかはともかくとしても、少なくともそのことを理由に過剰な<正義の制裁>を加えずに済み、大きな事件を起こさずに済んでいることは事実である。

だが、釈埴新三しゃくじきしんざについては、本人こそは事件を起こしていないものの、妻と、戸籍上は実子として記載されている子を放り出し危うく死なせそうになったのだから、これは許されるものではないだろう。

ただし、法的に責任を負わせることができるかどうかについてはまた別の話なのだが。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

君だとわかってたんだ

十条沙良
現代文学
アイドルデビューを目指す少年達の物語

変態紳士 白嘉の価値観

変態紳士 白嘉(HAKKA)
現代文学
変態紳士 白嘉の価値観について、語りたいと思います。

走れない僕らは 違って同じだ

有箱
現代文学
俺の小学校では、徒競走が盛んだ。それゆえに足の速いやつ、イコール人気との図ができあがっていた。 なのに万年マラソン最下位の俺は、クラス中から仲間外れにされ、辛い日々を送っている。 だが、俺は言いたい。俺が最下位じゃないーーかもしれないと。なぜなら俺のクラスには病気でそもそも走らない奴がいるからだ。 俺はそいつが嫌いだった。なのに、そいつは構わず俺に話しかけてきて。

連鎖する悲劇 ~制服のスカートを濡らしてしまっても~

yoshieeesan
現代文学
地域航空会社で勤務する客室乗務員を襲った悲劇とは?

『午後五時半のコンビニ前』

森田陽吉
現代文学
コンビニの前、高校生たちのいざこざ、それを見るコンビニ店員。それぞれの思惑。

【完結】「やさしい狂犬~元女子プロレスラー新人記者「安稀世」のスクープ日誌VOL.1~」

M‐赤井翼
現代文学
稀世ちゃんファン、お待たせしました。「なつ&陽菜4 THE FINAL」終わって、少し時間をいただきましたが、ようやく「稀世ちゃん」の新作連載開始です。 脇役でなく「主役」の「稀世ちゃん」が帰ってきました。 ただ、「諸事情」ありまして、「アラサー」で「お母さん」になってた稀世ちゃんが、「22歳」に戻っての復活です(笑)。 大人の事情は「予告のようなもの」を読んでやってください(笑)。 クライアントさんの意向で今作は「ミステリー」です。 皆様のお口に合うかわかりませんが一生懸命書きましたので、ちょっとページをめくっていただけると嬉しいです。 「最後で笑えば勝ちなのよ」や「私の神様は〇〇〇〇さん」のような、「普通の小説(笑)」です。 ケガで女子レスラーを引退して「記者」になった「稀世ちゃん」を応援してあげてください。 今作も「メール」は受け付けていますので 「よーろーひーこー」(⋈◍>◡<◍)。✧♡

死なせてくれたらよかったのに

夕季 夕
現代文学
物心ついた頃から、私は死に対して恐怖心を抱いていた。生きる意味とはなにか、死んだらなにが残るのか。 しかし、そんな私は死を望んだ。けれどもそれは、悪いことですか?

仮初家族

ゴールデンフィッシュメダル
ライト文芸
エリカは高校2年生。 親が失踪してからなんとか一人で踏ん張って生きている。 当たり前を当たり前に与えられなかった少女がそれでも頑張ってなんとか光を見つけるまでの物語。

処理中です...