32 / 283
もえぎ園
スルー
しおりを挟む
『生まれてきてくれてありがとう』
それが、彼がいつも子供達を前にして口にする言葉である。決して義務や演技で口にしている訳ではない。本気でそう思っているのだ。
たとえ子供を愛することができない親の下に生まれついたのだとしても、親として機能不全を起こしている人間の下に生まれついたのだとしても、どうしても改まらないのなら、捨ててしまえばいい。
彼はそう思っていた。だから自分の両親も捨てた。そんな彼に倣い、早苗も自分の両親を捨てた。どちらも既に刑期を終えて出所しているが、所在さえ把握していないしそのつもりもなかった。
親不孝だと言うのなら言えばいい。恩知らずと言うのなら言えばいい。だが、自らが吐いたそれに何の責任も負おうとしない人間の言葉など、そよ風ほども届かない。
義理とは言え娘である早苗を己の欲望の道具にした彼女の養父を包丁で刺したことで、彼は『人殺し!』『死刑にしろ!』と罵られた。
早苗の身に起こったことをあまり大っぴらにしてはいけないだろうという報道側の配慮もあり、世間に対しては詳細に明らかにされなかったからというのもあるかもしれないが、元より無責任な他人は自分が見たいようにしかそういうものを見ない。
世間的には、彼が早苗に対して付きまといを行っていて、彼女の両親にそれを咎められたことに逆上して刺したという認識が当初は広まっていた。これは、早苗の養父や実母がそのようなことを匂わせる発言をしていたということも手伝っているだろう。
その後、養父が早苗に対して行っていた虐待について捜査が行われ明るみに出るのだが、牧内不動による傷害事件に比べると決して扱いは大きくなかった(内容が内容だけにその点を配慮した)こともあり、世間には認知されることは殆どなかった。それが明らかになった頃にはまた他の大きな事件が起こったこともあって、世間の関心がそちらに移ったという理由もあると思われる。
かように、世間というのは無責任なのだ。不動が早苗に付きまとっていたという事実など存在しないのに、自分の頭の中でそういうストーリーをでっち上げてそれを事実だと信じ切ってしまう。
だから、彼はそんな無責任な他人など関心すら持たない。いや、下手に関心を持ってしまっては、その存在を否定せずにいられなくなるから意図的にスルーしていると言った方がいいだろうか。
『お前達がそうやって現実を見ないで勝手に不幸になるのなら好きにすればいい。俺には関係ない』
要は、そう考えているということなのだろう。
それが、彼がいつも子供達を前にして口にする言葉である。決して義務や演技で口にしている訳ではない。本気でそう思っているのだ。
たとえ子供を愛することができない親の下に生まれついたのだとしても、親として機能不全を起こしている人間の下に生まれついたのだとしても、どうしても改まらないのなら、捨ててしまえばいい。
彼はそう思っていた。だから自分の両親も捨てた。そんな彼に倣い、早苗も自分の両親を捨てた。どちらも既に刑期を終えて出所しているが、所在さえ把握していないしそのつもりもなかった。
親不孝だと言うのなら言えばいい。恩知らずと言うのなら言えばいい。だが、自らが吐いたそれに何の責任も負おうとしない人間の言葉など、そよ風ほども届かない。
義理とは言え娘である早苗を己の欲望の道具にした彼女の養父を包丁で刺したことで、彼は『人殺し!』『死刑にしろ!』と罵られた。
早苗の身に起こったことをあまり大っぴらにしてはいけないだろうという報道側の配慮もあり、世間に対しては詳細に明らかにされなかったからというのもあるかもしれないが、元より無責任な他人は自分が見たいようにしかそういうものを見ない。
世間的には、彼が早苗に対して付きまといを行っていて、彼女の両親にそれを咎められたことに逆上して刺したという認識が当初は広まっていた。これは、早苗の養父や実母がそのようなことを匂わせる発言をしていたということも手伝っているだろう。
その後、養父が早苗に対して行っていた虐待について捜査が行われ明るみに出るのだが、牧内不動による傷害事件に比べると決して扱いは大きくなかった(内容が内容だけにその点を配慮した)こともあり、世間には認知されることは殆どなかった。それが明らかになった頃にはまた他の大きな事件が起こったこともあって、世間の関心がそちらに移ったという理由もあると思われる。
かように、世間というのは無責任なのだ。不動が早苗に付きまとっていたという事実など存在しないのに、自分の頭の中でそういうストーリーをでっち上げてそれを事実だと信じ切ってしまう。
だから、彼はそんな無責任な他人など関心すら持たない。いや、下手に関心を持ってしまっては、その存在を否定せずにいられなくなるから意図的にスルーしていると言った方がいいだろうか。
『お前達がそうやって現実を見ないで勝手に不幸になるのなら好きにすればいい。俺には関係ない』
要は、そう考えているということなのだろう。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
期末テストで一番になれなかったら死ぬ
村井なお
青春
努力の意味を見失った少女。ひたむきに生きる病弱な少年。
二人はその言葉に一生懸命だった。
鶴崎舞夕は高校二年生である。
昔の彼女は成績優秀だった。
鹿島怜央は高校二年生である。
彼は成績優秀である。
夏も近いある日、舞夕は鹿島と出会う。
そして彼女は彼に惹かれていく。
彼の口にした一言が、どうしても忘れられなくて。
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
姉妹の愚痴〜心身障害者への理解を〜
刹那玻璃
現代文学
人間関係、親族関係、金銭トラブル、借金の肩代わりで人生も精神も崩壊、心の病に苦しむ私は、体も弱る。
無理はやめてほしいと祈っていた妹も疲れ果て、心療内科に通うことになる。
完璧主義で、人に仕事を押し付けられ、嫌と言えない性格だったのでそのまま地獄にまっしぐら……。
泣きながら私は日々を過ごす。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる