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もえぎ園

里親

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「あ~、駄目だわ。全滅よ……分かっちゃいたけど情けないわね」

<もえぎ園>の園長室で、宿角蓮華すくすみれんげがそう言って頭を抱えた。

石田葵いしだあおいの養親の候補者選びだったのだが、結局、適切な候補者が見付からなかったということである。これからも募集は行うが、既に三ヶ月以上が過ぎ、しかも新たに赤ん坊が来るということで、決断を迫られていたのだった。

「しょうがない。<彼>に頼むしかないわね」

そう言って蓮華は受話器を手に取り、短縮ダイアルのボタンを押した。何度かのコールの後、相手が電話に出る気配があり、「もしもし」と声を掛ける。

「ああ、蓮華さん。お久しぶりです。あなたからこの番号に掛かって来たということは、里子の依頼ですか?」

受話器からは、落ち着いた感じの中年の男の声が聞こえてきた。慣れた感じでもう何度もやり取りをしているというのが分かる。

「話が早くて助かるわ。今回もお願いしたいの。便利に使っちゃって申し訳ないけど、あなた以外には頼れないのよね」

親し気に話す蓮華に対しても、男性は穏やかに応えていた。

「頼ってもらえるのはむしろ誇らしいですよ。ただ、私ももう五十だし、人材不足は感じますね」

「まったくよ。もういい加減に引退させてあげたいんだけどさ」

それでもう話は通じていた。養子縁組を行って<我が子>として石田葵を引き取り育てる養親が見付からなかったことで、<里子>として彼女を預けることにしたのである。もちろん、今後も園の方でバックアップはするものの、やはり子供には<自分だけを見てくれる親>というものが必要なのだ。

施設で預かっている子供と施設の職員では、どうしても<親子>のような濃密なスキンシップが取れない。ある程度の距離を置かないといけない分、子供にとってはやはり寂しさもあるのだった。

だからできれば養親を見付けてやりたかった。しかし、適性を欠いた人間に養子に出しては不幸になる可能性が高まってしまう。そういう訳で、ここはひとつ、実績のある里親の一人、牧内不動まきうちふどうに頼むことにしたのだった。

牧内不動と牧内早苗まきうちさなえ夫妻は、既に里親としても二十五年のベテランであり、これまでに十人以上の子供を預かり育てた、ある意味ではプロの里親とも言えた。

特に夫の牧内不動は子供の扱いに非常に長けていて、怒鳴らず、殴らず、威圧もしないのに子供が真っ直ぐ育つということで蓮華にとっても一~二を争う信頼のできる里親なのだった。

こうして、石田葵(既に仮ではなく正式に戸籍が作成されている)は牧内家の里子として預けられることになったのであった。

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