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お前に許してもらえるまで

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『あなたの気持ちには応えられません』

ヒャクがそう告げると、ミブリは、唇を噛み締めながらも差し出した<匂い袋>を着物の懐に入れて、

「そうか……確かに、この前のこともあってお前には快く思ってもらえてないのも分かってる。でも、俺は諦めない。お前に許してもらえるまで、何度でも通う。仕事の合間にだけど。

じゃあ、また来る」

などと言って、去っていった。

この場でグダグダと言い訳を並べて己を粉飾しようとしない辺りは、まあ褒めてやってもいいかもしん。『潔い』と。

その上で、『諦めない』と宣言し、『何度でも通う』と宣告した。

これは思ったよりも一筋縄ではいかんかもしれんぞ。

何より、ヒャクの方も、戸惑いながらも決して嫌悪してるばかりじゃないのが伝わってくる。

ヒャクは元々、他人をし様《ざま》に罵ることを是とする性分じゃなかった。だとすれば、あの様子も当然と言えば当然なのか。

そもそも、ミブリも別に悪い奴じゃないしな。思慮の足りん愚か者ではあっても。

だから、ヒャクも、そんなミブリにまっすぐな気持ちを向けられて悪い気はせんのだろう。

ここまで色恋沙汰には縁がなかったのもあるしな。そこに、おかしな外連味けれんみもない素直な想いをぶつけられては、というところかもな。

しかし、これでは、早々にケリはつかんかもしれんなあ。あの娘にはすぐにでもフラれるみたいな言い方をしてしまったし、うむ、少々申し訳ない気もする。

さて、どうしたものか。



などと僕が考えているものの、当のヒャク自身は、ミブリのことなどまったく口にも出さずに、いつも通りの日々を過ごしていた。

意識してミブリのことを考えないようにしているのが分かってしまう。

あいつの気持ちを受け入れる気がないのは確かだろう。けれどそれと同時に、あいつの素直な<好意>が刺さってしまうのも偽らざるところなんだろうな。

なので僕は、あの娘に『少し時間がかかるかもしれんから気長に待ってくれ』と伝えるべく、

「どうだ。魚の干物でも食べないか?」

とヒャクに持ち掛け、

「いいですね。言われたら食べたくなってきました…!」

そう返ってきたことで。

「なら、魚の干物を買ってくる」

と告げて、そのついでにまたあの娘のところに顔を出そうと街へと向かった。

が、ミブリと娘が暮らしていた<あばら家>の前に来ると、娘が家の戸から体を半分出した形で倒れているのを見付けてしまった。

「おい!」

僕は声を掛けつつ娘を抱き上げると、胸の骨が何本か折れているのが察せられる。

そのうちの一本は肺腑に刺さってマズいことになっていた。

何者かに強く殴られるかなにかしたんだろう。

僕はすぐ、娘の傷を癒したのだった。

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