89 / 100
カブリの想い
しおりを挟む
『お前達がまっとうに働いているなら、カブリも浮かばれるさ』
僕のその言葉に、娘はハッとなり、両手で顔を覆った。
「カブリ兄さんは、血も繋がらないあたし達のために悪事にも手を染めたんです。孤児だったカブリ兄さんにはまともな仕事もなくて、なのに兄さんは、同じ孤児のあたし達を助けようとしてくれた……
そんな兄さんばっかりなんで辛い思いをしなくちゃいけないんですか? 神様は兄さんになんの恨みがあるんですか……」
娘は、手で顔を覆ったまま、声を詰まらせながら、すすり泣くように己の中にあったものを吐き出した。
僕に絡んで仲間が捕らえられた時、一目散に逃げたカブリの姿を思い出す。自分が捕まったら弟妹達が生きていけないと思えばこそのそれだったんだな。いやはや、<獣>としてはむしろ正しい行いだ。
そんなカブリの<想い>をこいつらもちゃんと汲んでいるか……
お前の命は無駄にはなっていないぞ、カブリ。
それは紛れもない救いだろう。
だからといって、僕がこいつらを救ってやる道理もない。ないが、
「これから街はもっと栄えるだろう。そうすれば仕事も増えて多少は稼ぎも増える。そうすればミブリと夫婦にもなれるさ」
と告げてやったら、
「え…っ!?」
娘は思わず顔を上げて泣きはらした目で僕を見て、
「ど、どうして……!?」
分かりやすく狼狽えた。
どうしてもなにも、ミブリを見送った時の貌を見ていれば分かりすぎるくらい分かるというものだ。
こいつは、兄妹のように育ったとはいえミブリのことを今では男として見て、気持ちを寄せてるわけだな。だからこそ、こうして女房のようにミブリを支えてると。
もっとも、当のミブリはそれに気付いていないようだが。しかも、ヒャクに惚れるとか、難儀な奴だ。
だから僕は合わせて言ってやったんだ。
「そう遠くないうちにミブリは女にフラれて落ち込むだろう。その時もしっかりと支えてやればさすがにお前の気持ちにも気付くだろうさ」
でもこれには娘も戸惑い、
「それはどういう……?」
と問い掛けてきたが、
「実は、カブリの顔を見に来たのもそうなんだが、ミブリが入れ込んでる娘のことで私もちょっと思うところがあってな。その娘としてはミブリに想いを寄せられて困っているもんだから、あいつの想いが実を結ぶこともないわけで、ただ単にフラれるだけではいささか忍びないとも思ってたところに、お前のことが分かったんでな。これで心置きなくフってやればいいというもんだ」
そう返してやった。なのにその娘は今度は、
「そんな言い方……」
などと不満げな様子に。
ミブリを悲しませることが許せないらしい。
やれやれ。あの日、飢えた獣そのものの目で私を見ていたくせに、ミブリと同じくずいぶんと情の厚いのに育ったものだ。
カブリがそれだけこいつらのことを愛していたということだろうな。
僕のその言葉に、娘はハッとなり、両手で顔を覆った。
「カブリ兄さんは、血も繋がらないあたし達のために悪事にも手を染めたんです。孤児だったカブリ兄さんにはまともな仕事もなくて、なのに兄さんは、同じ孤児のあたし達を助けようとしてくれた……
そんな兄さんばっかりなんで辛い思いをしなくちゃいけないんですか? 神様は兄さんになんの恨みがあるんですか……」
娘は、手で顔を覆ったまま、声を詰まらせながら、すすり泣くように己の中にあったものを吐き出した。
僕に絡んで仲間が捕らえられた時、一目散に逃げたカブリの姿を思い出す。自分が捕まったら弟妹達が生きていけないと思えばこそのそれだったんだな。いやはや、<獣>としてはむしろ正しい行いだ。
そんなカブリの<想い>をこいつらもちゃんと汲んでいるか……
お前の命は無駄にはなっていないぞ、カブリ。
それは紛れもない救いだろう。
だからといって、僕がこいつらを救ってやる道理もない。ないが、
「これから街はもっと栄えるだろう。そうすれば仕事も増えて多少は稼ぎも増える。そうすればミブリと夫婦にもなれるさ」
と告げてやったら、
「え…っ!?」
娘は思わず顔を上げて泣きはらした目で僕を見て、
「ど、どうして……!?」
分かりやすく狼狽えた。
どうしてもなにも、ミブリを見送った時の貌を見ていれば分かりすぎるくらい分かるというものだ。
こいつは、兄妹のように育ったとはいえミブリのことを今では男として見て、気持ちを寄せてるわけだな。だからこそ、こうして女房のようにミブリを支えてると。
もっとも、当のミブリはそれに気付いていないようだが。しかも、ヒャクに惚れるとか、難儀な奴だ。
だから僕は合わせて言ってやったんだ。
「そう遠くないうちにミブリは女にフラれて落ち込むだろう。その時もしっかりと支えてやればさすがにお前の気持ちにも気付くだろうさ」
でもこれには娘も戸惑い、
「それはどういう……?」
と問い掛けてきたが、
「実は、カブリの顔を見に来たのもそうなんだが、ミブリが入れ込んでる娘のことで私もちょっと思うところがあってな。その娘としてはミブリに想いを寄せられて困っているもんだから、あいつの想いが実を結ぶこともないわけで、ただ単にフラれるだけではいささか忍びないとも思ってたところに、お前のことが分かったんでな。これで心置きなくフってやればいいというもんだ」
そう返してやった。なのにその娘は今度は、
「そんな言い方……」
などと不満げな様子に。
ミブリを悲しませることが許せないらしい。
やれやれ。あの日、飢えた獣そのものの目で私を見ていたくせに、ミブリと同じくずいぶんと情の厚いのに育ったものだ。
カブリがそれだけこいつらのことを愛していたということだろうな。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
素直になる魔法薬を飲まされて
青葉めいこ
ファンタジー
公爵令嬢であるわたくしと婚約者である王太子とのお茶会で、それは起こった。
王太子手ずから淹れたハーブティーを飲んだら本音しか言えなくなったのだ。
「わたくしよりも容姿や能力が劣るあなたが大嫌いですわ」
「王太子妃や王妃程度では、このわたくしに相応しくありませんわ」
わたくしといちゃつきたくて素直になる魔法薬を飲ませた王太子は、わたくしの素直な気持ちにショックを受ける。
婚約解消後、わたくしは、わたくしに相応しい所に行った。
小説家になろうにも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
呪われた生贄王女は人質として隣国に追放されて、はじめての幸せを知る~男になりすましていたのに、隣国王子からの愛が止まらない?〜
たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
ファンタジー
アウローラ国の王女・ベッティーナは約十年間、小さな屋敷に閉じ込められていた。
呪われていると噂される彼女。実際、白魔法という精霊・天使を従えることのできる血が流れているはずが、彼女は黒魔法使いであり、悪霊・悪魔を従えていた。
そんな彼女に転機が訪れる。隣国・シルヴェリに生贄の人質として渡ることになったのだ。弟の身代わりであり男子になりすますよう命じられる、ベッティーナはこれを受ける。
作家になる夢があり、勉強の機会が増えると考えたためだ。
そして彼女は隣国の王子・リナルドの屋敷にて生活することとなる。彼は執事のフラヴィオと懇意にしており、男色疑惑があった。
やたらと好意的に接してくるリナルド王子。
彼に自分が女であることがばれないよう敬遠していた矢先、敷地内の書庫で悪霊による霊障沙汰が起こる。
精霊と違い、悪霊は人間から姿も見えない。そのため、霊障が起きた際は浄化魔法が施され問答無用で消されることが一般的だ。
しかし彼らが見えるベッティーナは、それを放っておけない。
霊障の解決を行おうと、使い魔・プルソンとともに乗り出す。
そんななかで、リナルド王子が協力を持ちかけてきて――
その後はやたらと好意的に接してくる。
はじめは疎ましいとしか思っていなかったベッティーナ。
しかし、やがて彼との関係が壮絶な過去により凍り付いたベッティーナの心を溶かしていく。
隣国の男色(?)王子と、呪われ王女が紡ぐロマンスファンタジー。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
側妃に追放された王太子
基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」
正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。
そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。
王の代理が側妃など異例の出来事だ。
「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」
王太子は息を吐いた。
「それが国のためなら」
貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。
無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる