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懐いてくれる小さな獣

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『お前達人間が思ってる<竜神の姿>は、ほとんどがただの虚像だ』

僕のその言葉に、ミブリはただただ唖然とするばかりだった。

「え…? でも、だって、竜神は……」

上手く言葉にもならない。

こいつが聞かされていたであろう<竜神にまつわる話>と全く嚙み合わないことで、どうにも頭の中がまとまらないようだ。人間には無理もないかもしれないが。

「我が何を言おうとお前人間は信じたくないことは信じないからな。だからお前も好きにしろ。我を退治しようと挑みかかるならいつでも来い。ただし、さっきので力の差をわきまえず掛かってくるなら、命はないものと思え」

僕がそう冷たく言い放つと、

「……」

ミブリは言葉もなくごくりと唾を飲んだ。自分が渾身の力を込めて振り下ろした剣を指だけで摘んで止めた僕の力は思い知ったようだな。そのまま身の程をわきまえるならよし。わきまえないならそれもよし。容赦なく殺してやる。

ただ、ヒャクの方は、僕への非礼そのものが許せないらしく、やはり険しいかおでミブリを睨みつけていた。

まったく。すぐにメソメソと泣くくせにそういうところは本当に強情な奴だ。

とはいえ、ヒャクはな。<竜神>じゃなく、<僕そのもの>を見てくれるのがいい。もちろん、僕がクレイやヒアカの姿をしているからというのもあるだろう。だから僕を必要としているというのも間違いない。それが、

<ヒャクにとっての竜神>

というのもあるのも分かる。でも、それでも、なんだ。きっかけはそれだったとしても、ヒャクは僕が見せる<クレイやヒアカの姿>を通して僕を見てくれてるんだ。

それが心地好い。

そうだ。人間達が勝手に作り上げている僕の姿は、僕にとってはただの<呪い>でしかない。僕という存在のこんを侵し歪める類のな。

僕の存在そのものがこの地の人間の命の根源を成しているからこそ、人間の呪いは僕を少なからず揺さぶる。

僕が人間を嫌うのも、結局はそれがあるんだと思う。僕にとって人間が本当にどうでもいい存在なら、それこそ意に介さなければいいんだ。人間が足元をうろつく虫に気を向けないのと同じで。

だけどそれを言うのなら、人間が僕を理解しないのも当然だろうな。虫が人間を理解できるとも思えない。

ヒャクでさえ、僕のことを本当に理解できているわけじゃない。ただ、理解しようとしてくれてるのは分かるんだ。それだけでもぜんぜん違うぞ。悪い気はしないし、情も移るというものだ。

人間だって懐いてくれる小さな獣には情が移ったりするだろう?

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