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剽賊

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味噌を入れたかめを背負い、僕は山への帰路を急いだ。本当は、一飛びで帰れるんだけど、何となく歩いて帰りたかったんだ。

すると、街の外れまで来た時、

「……」

僕の後ろをついてくる者がいるのが分かった。こちらに向けられる気配が刺さる。強い気だ。

そして、人気ひとけのないところまで来ると、一気に害意へと変わる。

『<剽賊ひょうぞく>か……』

僕はうんざりしながら振り向いた。それにびくりと体を竦ませる気配。たぶん、僕に気付かれないように飛びかかって何が起こったのか分からずに混乱している隙に奪い取るつもりだったんだろう。なのに、当てが外れた。

今回の<剽賊ひょうぞく>は、一人だった。しかも、

「お前は、あの時の……」

刃物を手に飛びかかろうとした恰好のまま固まっているそいつの顔に、見覚えがあった。酷くやつれて着ている物もボロの極みだけど、僕には分かる。こいつは、以前にも僕の前に現れた<剽賊ひょうぞく>の一人だ。ヒアカが駆け付けた時に一目散に逃げ出した奴。今まで逃げおおせていたのか。

あの時にはまだ小奇麗な恰好をしていたと思ったが、随分とみすぼらしくなったな。

なんてことを考えている僕に、そいつは、刃物を見せ付けるように突き出しながら、

「お前、背負ってるのは味噌だろう? それを置いていけ!」

精一杯、凄んで見せた。見せたけれど、まるで迫力がない。これで恐れるのなんて、幼子おさなごくらいじゃないか? と思うくらいに。

それでもそいつは、

「さっさとしろ! 刺すぞ!!」

じりじりと前に出ながら刃物を突き付けてくる。

だけど、僕に刃物なんて何の役にも立たないぞ。

と言うのも面倒臭くて、僕は、すい、と歩み出る。

「な……!?」

まさか向かってくるとは思ってなかったんだろう。そいつは明らかに動揺して、刃物を振り回し始めた。

僕はスッと手を伸ばして、指でつまむ。するとがっちりと動かなくなった刃物の柄を掴んでいた手が滑って、そいつは前のめりになる。

その顔に、僕は足を跳ね上げて叩きつけてやった。

「ぎゃふっっ!!」

思い切り踏み付けられた蛙のような声を出しながら、そいつは派手に仰向けに倒れる。

そして僕は、倒れたそいつの胴を跨いで立って見下ろしながら、

「お前はまだそんなことをしているのか? 仲間も皆、捕えられたではないか。どうしてそれで懲りん?」

奪い取った刃物を指で弄びつつ、吐き捨てるように言ってやる。

「……? ……?」

けれど、あの時とは姿が違っているからな。こいつには何のことか分からない。

そしてそいつは、泣きそうなかおで言ったのだった。

「頼む! 後生だ!! その味噌を俺にくれ!! 弟が……弟がもうもたないんだ…! 何も食うものがなくて……頼むよ……!!」

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