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街に味噌を買いに

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ヒャクと一緒に朝飯を終えた後、僕は彼女に言った。

「今日は、街に味噌を買いに行ってくる。ついでに人間達の様子も見てきてやる。お前は、掃除でもしながら待っててくれ」

「はい。分かりました」

昨夜は母親の姿をした僕に縋って気の済むまで泣いて寝たからか、ヒャクは落ち着いた様子だった。僕が直した掃除用の道具を手に、見送ってくれる。

その気になれば味噌も僕が自分で作れるけれど、彼女に言ったように街の人間達の様子を窺いに行くついでだ。生活に必要なものを揃えるとなれば荷車まで必要になってくるだろうから、そこまでするつもりもない。

クレイの姿で行けば、彼女を知る人間も街にはいるかもしれないものの、死んだ人間と同じ顔をした者が現れたところで、人間は勝手に<他人の空似>と捉えるものだ。少しばかり髪や化粧を変えれば問題ない。

そうして僕は、一時いっときばかり歩いて街へとやってきた。

途中、僕が呼んだわけじゃないが雨も降る。雨の気の流れを僕がいじったことで変わったんだろう。

ただ、ようやく雨が降ってからまだ日が浅いことで、畑は改めて耕されていたものの、今からじゃ大したものも作れない。すぐに実る小ぶりの葉物がいくらか作れるだけだろうな。それでも、飢えをしのぐ程度にはなるはずだ。

とは言え、どうやら食い物を隠し持っていると見られたか、焼打ちにあったらしい蔵などの跡も見受けられた。石造りの頑丈そうな蔵も、炎に包まれれば無事では済まない。組まれた石の壁も崩れ落ち、無残な姿を晒している。それを、雨の中、何人もの人間が片付けている。

こういうのを抑えるために駆り出され、ヒアカもクレイも命を落としたわけか。

クレイと同じ体を持った僕の胸の中に、何とも言えないうねりがよぎる。クレイが感じた無念かもしれない。

だが、強い<恨み>のようなものはなかった。無念ではあったものの、己の役目としては納得していたんだろう。それでいて、娘を残して逝くことについては心残りだったんだろうな。

そうして辿り着いた街も、かつてきた時に比べれば明らかに荒れていた。こちらでも焼打ちがあり、その時に起こった火事で多くの家々が焼けたんだというのはすぐに分かった。

とは言え、雨が降り、ようやく先の見通しが立ったからか、人間達の表情そのものは、存外、暗くもなかったな。

親を亡くした小娘一人を生贄に差し出しただけで凌げたんだ。なるほど気も軽くなるというものか。

そんな人間に複雑な気分になりながらも、僕は、味噌を売っている店を探した。

しかし、大きなたなについては軒並み襲われたようで、およそ商いができるような有様じゃなかった。

やむなく僕は、<ヒャクリ亭>を目指して歩いてみた。

するとそこには、扉が開け放たれ、荒れ放題になったたながあったのだった。

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