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私の務めです……
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ヒャクは、これまでの生贄達の多くと同じように、ここで暮らし始めた。
だけど今度は、僕は何もしない。彼女の願いを聞き入れない。
空は抜けるように青く、日輪は地を焦がさんとばかりに照りつける。風は乾き切ってまるで砂のようだ。
もっとも、洞の中は人間にとっても涼しく、満ちた気は微かに潤いを含んでいる。
ここにいれば、飢えも乾きもない。外の湧き水が再び止まったとしても、洞の奥には満々と水を湛えた泉もある。ヒャク一人くらいなら、わけもなく生きていける。
なのにヒャクは、なおも人間のために祈るんだ。
僕は彼女に問うた。
「なぜお前は生贄になった……?」
「!?」
僕の言葉に、ヒャクは小さく体を跳ねさせる。本心では考えたくなかったことなんだろう。
口が重い。
「……父様も母様も、死にました……爺様と婆様は天寿を全うしましたけど、雨が降らずに田も畑も何も実らず、飢えた者達が食うものを求めて焼き討ちを始めたのです。父様も母様も、それを静めるために狩りだされて、そこで……」
俯いたまま話すヒャクの膝に滴るものがあった。涙だ。語りながら、泣いているんだ。
ヒャクが生贄に選ばれたということはそういうことだと分かってはいたけど、
「そうか……ヒアカとクレイが……」
僕に向かって大きな笑みを浮かべた二人の顔が頭に浮かぶ。気持ちのいい人間達だった。そんな者達でも、死ぬ時は呆気ないものだ。
それを思うとなんとも言えない気分になり、僕は思わずヒャクを抱き締めていた。
「う……ああぁぁあぁぁぁー……っ!!」
大きな声を上げて僕に縋りついて泣く彼女の頭を、そっと撫でる。
同情じゃない。僕にそんな心の動きはない。でも、なんだかそうせずにはいられなかったんだ。
もしかすると、ヒャクの母親であるクレイの姿をしていたからかもしれない。クレイの体と同じものを作ったことで、クレイの心の動きが僕の中に生まれていたのかもな……
泣いて、泣いて、自分の中にあったもの全てを吐き出すかのように泣いて、そしてヒャクは言った。
「父様も母様も、立派に務めを果たしました……今度は私が務めを果たす番です……生贄として、竜神様に雨を降らしてもらうのが、私の務めです……」
声は小さくても、力はそれまでと何も変わらなかった。
……ううん、一層、強くなったかもしれない。それでも僕は言う。
「無駄なことを……」
そんな僕から離れ、顔を袖で拭い、着物を整え、姿勢を改めて、真っ赤に泣きはらした目で、でも気力のこもった目で、彼女は言ったんだ。
「……私一人も見殺しにできないあなた様が、どうしてたくさんの民を見捨てられましょうか?
街では私よりも幼い子供らも苦しんでおります。
あなた様は、必ず私共を救ってくださると、信じております……」
だけど今度は、僕は何もしない。彼女の願いを聞き入れない。
空は抜けるように青く、日輪は地を焦がさんとばかりに照りつける。風は乾き切ってまるで砂のようだ。
もっとも、洞の中は人間にとっても涼しく、満ちた気は微かに潤いを含んでいる。
ここにいれば、飢えも乾きもない。外の湧き水が再び止まったとしても、洞の奥には満々と水を湛えた泉もある。ヒャク一人くらいなら、わけもなく生きていける。
なのにヒャクは、なおも人間のために祈るんだ。
僕は彼女に問うた。
「なぜお前は生贄になった……?」
「!?」
僕の言葉に、ヒャクは小さく体を跳ねさせる。本心では考えたくなかったことなんだろう。
口が重い。
「……父様も母様も、死にました……爺様と婆様は天寿を全うしましたけど、雨が降らずに田も畑も何も実らず、飢えた者達が食うものを求めて焼き討ちを始めたのです。父様も母様も、それを静めるために狩りだされて、そこで……」
俯いたまま話すヒャクの膝に滴るものがあった。涙だ。語りながら、泣いているんだ。
ヒャクが生贄に選ばれたということはそういうことだと分かってはいたけど、
「そうか……ヒアカとクレイが……」
僕に向かって大きな笑みを浮かべた二人の顔が頭に浮かぶ。気持ちのいい人間達だった。そんな者達でも、死ぬ時は呆気ないものだ。
それを思うとなんとも言えない気分になり、僕は思わずヒャクを抱き締めていた。
「う……ああぁぁあぁぁぁー……っ!!」
大きな声を上げて僕に縋りついて泣く彼女の頭を、そっと撫でる。
同情じゃない。僕にそんな心の動きはない。でも、なんだかそうせずにはいられなかったんだ。
もしかすると、ヒャクの母親であるクレイの姿をしていたからかもしれない。クレイの体と同じものを作ったことで、クレイの心の動きが僕の中に生まれていたのかもな……
泣いて、泣いて、自分の中にあったもの全てを吐き出すかのように泣いて、そしてヒャクは言った。
「父様も母様も、立派に務めを果たしました……今度は私が務めを果たす番です……生贄として、竜神様に雨を降らしてもらうのが、私の務めです……」
声は小さくても、力はそれまでと何も変わらなかった。
……ううん、一層、強くなったかもしれない。それでも僕は言う。
「無駄なことを……」
そんな僕から離れ、顔を袖で拭い、着物を整え、姿勢を改めて、真っ赤に泣きはらした目で、でも気力のこもった目で、彼女は言ったんだ。
「……私一人も見殺しにできないあなた様が、どうしてたくさんの民を見捨てられましょうか?
街では私よりも幼い子供らも苦しんでおります。
あなた様は、必ず私共を救ってくださると、信じております……」
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