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第三幕

出版社は、『金のため』に作品を送り出してる。そう、決して、『読者のため』なんかじゃない。本当に『読者のため』なら、ごく少数であっても

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僕と出逢う前のアオにとっては、さくらが彼女の支えだった。それについて、彼女はこんな風に言ってる。

『世の中には鳴かず飛ばずで終わった作品ももちろんあって、でもたぶん、それを『面白い』と思ってくれた人はいると思う。少数だっただけでさ。

残念なことに、出版社にとってはそれが少数だと『価値がない』んだよね。商売だから。慈善事業じゃないから。

だから出版社は、『金のため』に作品を送り出してる。そう、決して、『読者のため』なんかじゃない。

本当に『読者のため』なら、ごく少数であっても『面白い』と感じてくれる読者がいるならそれを無視するわけないよね?

なのに実際には、そういう<少数の読者>は切り捨てられるんだ。お金にならないから。

過去にも、私が好きだった作品がいくつもそういう形で切り捨てられてきたんだ。私がアンケートで『面白いです!』って送っても、その意見は無視されてさ。

それのどこが『読者の意見に耳を傾けてる』って? ぜんっぜん傾けてないじゃん。

その現実がある以上、私は、『読者のために』なんて口にする編集者は信用しない。『金のために』やってる事実を綺麗な言葉で誤魔化して、いかにも、『自分は読者を思い遣ってます』的なアピールをする編集者は大嫌いだ。

だけどさくらは、対外的には『読者のため』とは口にしてても、私の前では、「こんなの売り物になりません! 商品になりません! 売れるものを書いてください!」とはっきり言ってくれるから、いい。

もちろんさくらがずっと私の担当だったわけじゃなくて、何度か担当が交代したりもしたけど、正直、酷かったな。編集者の能力的な意味じゃなくて、私のモチベーションとして。

だから彼女は、その度に私の担当に戻れるように上司に願い出てくれたって。でもその所為で彼女は、上の方から睨まれて、出世とかには縁がなくなっちゃったんだよ。結果、最近はもう、彼女が休んでる時に代理で他の編集が来るくらいで、担当そのものから外れることはない。

私がプロ作家としてやっていけてるのは、彼女のおかげ。ホントに感謝してる。

そういう意味じゃ、今の私は、彼女のためにやってるっていうのもあるかな。

私の所為で出世街道から外れてしまった彼女の恩に報いるためにね。

な~んて言いながらでも、彼女が来ると、丁々発止、やり合っちゃったりするけどさ。

でもなあ、そういう形でお互いに本音をぶつけられるからやれてるっていうのもあると思う。

彼女も、「売り物になるものを書いてください!」ってはっきり言ってくれるしさ。

そして私も、「知るか! 私は私が面白いと思うものを書くだけだ! それが商品になるかどうかはお前らが勝手に選べ!!」って言い返せる。

そして次の作品を生み出せる。

そこに、『読者のため』なんていう綺麗事はないんだよね』

アオは、笑顔でそう話す。それが、アオにとってさくらがどういう存在かを物語ってる。

エンターテイメントに疎い僕には、さくらの代わりは勤まらない。

吸血鬼である僕も、決して<万能>じゃないんだ。

『アオには僕だけがいればいい』

というわけじゃないのは現実なんだ。

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