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第三幕

いつも言ってることだけど、私は、安和や悠里や椿のことを、『生んでやった』とか『育ててやってる』とか思ってない。だって、

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安和アンナが語った事件は、僕もネットのニュースで見たものだった。

もっとも、事件そのものはもう何ヶ月も前に起こったもので、今回のニュースは、その事件の裁判についてのものだった。

だけどそこで明らかになった、近所の人達や、殺された<孫娘>の友人や知人の証言の内容が、とても衝撃的だったことで、話題になってしまったみたいだね。

確かに、語られた証言の内容が正しいものだったら、僕も仄暗い感情が込み上げてくる。

でも安和は、だからと言ってネットとかで被告人となった祖父を罵ったりはしないんだ。

だって、安和は当事者じゃないから。詳しい事情も人間関係も知らないから。

被告を罵ったところで、何の解決にもならないから。

その一方で、僕にも仄暗い感情が込み上げてくるのと同じで、

『許せない!!』

という気持ちになってしまうのも事実。

だから、安和は、

「マジ許せない! 祖父もそうだけど、父親も許せない!! <恩>だ<筋>だ言いながら、自分は恩も筋も無茶苦茶なんだ!! 祖父にまず恩を返さなきゃいけないのはお前じゃんか! 

養ってもらって家にも住まわせてもらって学校にも通わせてもらってたお前こそが祖父に恩を返すべきじゃんか!! 自分は離婚しといて養育費も払わないでそれで介護を丸投げとか、どんな神経してたらそんなことできんの!?

意味分かんない!!」

人間にとっては真夜中だから、椿が寝室で寝てるから、決して大きな声じゃないけど、抑えてるけど、搾り出すようにして抑え切れない感情を吐露した。

確かに感情は、抑えつけてるだけじゃいつか爆発するものだと思う。だからこまめに発散した方がいいのは事実だと僕も分かってる。

そのための時間なんだ。

安和は、こうやって僕やアオの前で感情を吐き出すから、他人にそれをぶつけないでいられるんだ。

どこの誰とも知れない人を罵っている時間があるなら、こうやって自分の家族と向き合ったらいいんじゃないかな。

そして、自分の家族とさえそれができないなら、どこの誰とも知れない人のことをどうにかできると考えるのはおかしいんじゃないかな。

アオは、憤りを隠せない安和に、静かに語った。

「私は、その事件の真相がどうなのか分からないから、あくまで<その証言を基にしたフィクション>についての話として言うけど、私もその祖父や父親のことは許せない。安和の言うとおりだと思う。私やミハエルは決してしない考え方だよね……

いつも言ってることだけど、私は、安和や悠里ユーリ椿つばきのことを、『生んでやった』とか『育ててやってる』とか思ってない。だって、安和達を生んだのは私の勝手だからね。

私の勝手で生んだんだから、恩なんか売れるはずがないんだよ」

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