上 下
406 / 571
第三幕

間の悪い時というのは本当に

しおりを挟む
けれど、間の悪い時というのは本当に悪いもので、あてもなく歩いていた紫音しおんが交差点を青信号で渡った時、車道側の赤信号を見落とした自動車が交差点に突っ込んできた。

運転手はスマホを操作してたことで見落としてしまったみたいだ。そして気付いて慌ててハンドルを切った時には手遅れだった。

もう自動車側の対応じゃ間に合わないから、僕が介入する。

紫音しおんの体を抱きかかえて、僅かに位置をずらす。すると自動車は彼と僕を掠めて、中央分離帯にガツンと音を立てながら乗り上げた。

僕の目には、バンパーが割れて、右前輪のサスペンション周りが激しく歪み、それでも吸収し切れなかった応力によって車体のモノコックにも歪が出るのが見えてしまった。

厳密に全体の歪も修正するとなれば修理費は百万円を上回るかもね。

だけどそれは、スマホを運転していた運転手自身の責任だ。紫音しおんは確かに青信号を渡ってた。

なのに運転手は、乱暴に自動車のドアを開けて、

「どこ見てんだクソガキ!!」

紫音しおんを怒鳴りつける。おそらく五十代くらいの、見た目だけで言えば<立派な大人>のはずだった。

それが、法律で禁止されている<ながら運転>で赤信号を見落とし、歩行者を撥ねそうになった…ううん、僕が介入しなければ確実に紫音しおんを撥ねていたにも拘らず、事故を彼の所為にしようとしたんだ。

けれど、さすがにこれに対しては、後ろを走っていた自動車の運転手が下りてきて、

「何言ってんだあんた! その子は青信号で渡ってただけだぞ! 赤信号で突っ込んで行ったのはあんただ!! ドライブレコーダーにもばっちり映ってる! 警察に証拠として提出するからな!!」

と叱責する。こちらも五十代くらいの男性だった。

自動車に轢かれそうになり、しかも恫喝されて、紫音しおんは青褪めてその場に固まってしまっていた。

すると、会社員らしき三十代くらいの女性が駆け寄ってきて、

「ぼく、大丈夫? 痛いところない?」

紫音しおんを歩道まで誘導しながら声を掛けてくれる。さらには、自分のスマホで警察に通報。なのに、当の事故を起こした運転手は、自分の自動車に乗り込んで、強引にバック。バキバキガリガリと破壊音をさせながら中央分離帯から下し、信号が変わったのを見計らって急発進させて走り去ってしまった。

こんなことをすれば自動車がますます傷むのに。

それ以上に、事故を起こして逃げれば余計に罪が重くなるのに。

いくら紫音しおんには接触しなかったといっても、中央分離帯に設置されていた<反射板>の支柱が折れ曲がってしまっているから、<当て逃げ>が成立してしまうね。

周囲に止まっていた自動車が激しくクラクションを鳴らす。『止まれ!』『逃げるな!』っていう抗議のそれだった。

しおりを挟む
1 / 2

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

もし固定スキルが『転生』だったら。【一話完結】

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:6

1人は想像を超えられなかった

ホラー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

処理中です...