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第三幕

モンスター

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朝、集合場所で吐いた子は、幸い、大きな病気とかじゃなかったらしい。病院に搬送されて診察を受け、結果、軽いウイルス性の胃腸炎と診断され、点滴を受けて体を休ませたらすぐに回復。夕方には家に帰れたそうだ。

ただ、ウイルス性のものだということで、感染予防の観点からも一週間の自宅療養を指示されたにも拘らず、その子の母親は、次の日からもう学校に通わせることに決めていた。

僕はそれを、家の外から窺っていた。やっぱりちょっと気になったからね。

父親が仕事から帰ってきたところに、母親が父親に事の顛末を語ってたんだ。

でも父親の方も、

「お前がちゃんと見てないからだろ……」

子供がウイルス性の胃腸炎を患ったのは母親の監督不足だとして、面倒臭そうにそう言っただけだった。子供を労わる様子も、心配する様子も、まったく伝わってこない。

正直、母親もこの父親には何も期待していないのが察せられてしまったな。この父親に対して望んでいるのは、

『自分達が生活できるようにお金を運んでくること』

だけだというのも分かってしまう。こんな父親だから他の男性に癒しを求めてしまうんだろうなというのも、察せられてしまった。

だけど同時に、こんな母親だから、父親も必要以上に関わりたくないのかもしれない。

もしかすると、お互いに、

<一番、一緒に暮らしてはいけないタイプの相手>

だったのかもしれないね。

そんな両親の下に生まれた子がこれからどうなっていくのか、僕も気にならないわけじゃない。だけど、余所の家庭のことにまで介入はできない。命に関わるようなことならまだしも……

だって僕は、悠里ユーリ安和アンナ椿つばきの父親なんだ。他の子の父親じゃない。

たとえあの子を救えても、世の中には、きっと同じような境遇にいる子供が数限りなくいるだろうな。

なにしろ、家庭に居場所を実感できずに他人に依存したり、他人を攻撃することで自分を癒したりする人が世の中にどれだけいるの?という話だからね。

アオもそうだった。彼女をこの世に送り出した両親はその責任を負おうとせず、それどころか、長男のためのスケープゴートにしようとした。

幸い彼女は、さくらと出逢えたことで心のバランスを保つこともできたけど、そうじゃない人は、他人に依存したり他人を攻撃することで自分の心のバランスを保とうとしているよね。

他人を家政婦扱いしたりATM扱いしたり攻撃したりする<モンスター>は、家庭で生み出されているんだ。

人間を客観的に見ることができる僕達吸血鬼には、それがすごくよく分かってしまうんだよ。

だからと言って僕には、全ての人間を救うことはできない。

それも事実なんだ。

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