333 / 571
第二幕
秋生の日常 その15
しおりを挟む
「おはよう、市川さん」
朝食の片付けを終えた秋生が鞄を持って玄関に行き、美織に挨拶をした。しかし、
「おはよう、秋生くん……」
美織はそう挨拶を返しながらも、困ったような表情になる。すると秋生はハッとなって、
「おはよう、美織」
言い直す。<正妻の日>には下の名前で呼ぶことが決まっていたからだ。ただし、それに拘っているのは美織と汐見美登菜の二人で、吉祥麗美阿はそこまで拘ってはいない。
実は美織も、
『<正妻の日>には下の名前で呼ぶことが決まっている』
から名字で呼ばれると強い違和感を感じるというだけだったりもする。それは彼女の<特徴>によるものだった。
秋生としても、別にその程度のことに合わせるのに抵抗はないので、基本的には素直に従っている。
『何でそんなのに合わせなきゃいけないんだ!!』
と憤る者も少なくないだろうが、秋生は家庭でしっかりと受け止めてもらえているので、そんなことでいちいち腹を立てたりしない。
なにしろ、幼い頃には散々、さくらやアオやミハエルに自分の都合に合わせてもらってきたのだから、今度は自分の番というだけのことだった。
さくらにとっては<我が子>であっても、アオやミハエルにとっては<余所の子>である。それでもアオもミハエルも、
『子供だから上手くできない時もある』
『子供だから感情を抑えるのが難しい時もある』
というのを受け止めてくれていた。自分はそうやって受け止めてきてもらったのに、ただ一方的に受け止めてもらうだけというのは道理に合わないだろう。
そう思うから、思えるから、思えるだけの余裕があるから、美織のことも受け止められる。
『自分が何より優先されたい』
これは人間なら誰しもが持つ欲求だと思われる。けれど、月城家では、秋生も恵莉花も赤ん坊の頃からしっかりと受け止めてもらえてきた。その実感があればこそ、もうすでに十分、優先してもらえたと思えればこそ、他人を優先することもできた。
気遣うこともできた。
美織の<特徴>に合わせることもできた。
そして、秋生が受け止めてくれるからこそ、美織も精神的に落ち着くこともできた。自らの自宅でさえ感じることのできない安らいだ気持ちを、秋生と一緒なら感じることができた。
もっともこれも、美織が麗美阿や美登菜と出逢って互いに支え合ってこれたから『間に合った』というのもある。そうでなければ、美織はもっと手の付けられない<承認欲求の怪物>になっていた可能性もある。
とにかく一方的に、誰かに依存したい、甘えたい、認めてほしいと要求するばかりの。
そこまで行ってしまうと、さすがに秋生でも受け止めきれなかったかもしれない。
朝食の片付けを終えた秋生が鞄を持って玄関に行き、美織に挨拶をした。しかし、
「おはよう、秋生くん……」
美織はそう挨拶を返しながらも、困ったような表情になる。すると秋生はハッとなって、
「おはよう、美織」
言い直す。<正妻の日>には下の名前で呼ぶことが決まっていたからだ。ただし、それに拘っているのは美織と汐見美登菜の二人で、吉祥麗美阿はそこまで拘ってはいない。
実は美織も、
『<正妻の日>には下の名前で呼ぶことが決まっている』
から名字で呼ばれると強い違和感を感じるというだけだったりもする。それは彼女の<特徴>によるものだった。
秋生としても、別にその程度のことに合わせるのに抵抗はないので、基本的には素直に従っている。
『何でそんなのに合わせなきゃいけないんだ!!』
と憤る者も少なくないだろうが、秋生は家庭でしっかりと受け止めてもらえているので、そんなことでいちいち腹を立てたりしない。
なにしろ、幼い頃には散々、さくらやアオやミハエルに自分の都合に合わせてもらってきたのだから、今度は自分の番というだけのことだった。
さくらにとっては<我が子>であっても、アオやミハエルにとっては<余所の子>である。それでもアオもミハエルも、
『子供だから上手くできない時もある』
『子供だから感情を抑えるのが難しい時もある』
というのを受け止めてくれていた。自分はそうやって受け止めてきてもらったのに、ただ一方的に受け止めてもらうだけというのは道理に合わないだろう。
そう思うから、思えるから、思えるだけの余裕があるから、美織のことも受け止められる。
『自分が何より優先されたい』
これは人間なら誰しもが持つ欲求だと思われる。けれど、月城家では、秋生も恵莉花も赤ん坊の頃からしっかりと受け止めてもらえてきた。その実感があればこそ、もうすでに十分、優先してもらえたと思えればこそ、他人を優先することもできた。
気遣うこともできた。
美織の<特徴>に合わせることもできた。
そして、秋生が受け止めてくれるからこそ、美織も精神的に落ち着くこともできた。自らの自宅でさえ感じることのできない安らいだ気持ちを、秋生と一緒なら感じることができた。
もっともこれも、美織が麗美阿や美登菜と出逢って互いに支え合ってこれたから『間に合った』というのもある。そうでなければ、美織はもっと手の付けられない<承認欲求の怪物>になっていた可能性もある。
とにかく一方的に、誰かに依存したい、甘えたい、認めてほしいと要求するばかりの。
そこまで行ってしまうと、さすがに秋生でも受け止めきれなかったかもしれない。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
青の章~ドールno君とルームシェア?~
虹あさぎ
キャラ文芸
一つの出会いをきっかけに、大川ほのかの運命の歯車はあらぬ方向へと回り出す。そうして、変わらないと思っていた日常が少しずつ変わり始めた。
デートをすっぽかされ、勢いで参加した飲み会で飲みすぎた次の日。
布団の中から出てきたのは、見覚えのない男の人……
じゃなくて、大きな人形??
なんとか返品しようとするも、不思議な事に人形を購入したお店は見つからず。
しぶしぶ、その人形を部屋に置く事に……
ドールが動き出す?
中身は騎士団長??
これは、変わり映えのない日々をおくっていた彼女(大川ほのか)に舞い込んだ不思議な物語。
※誤字脱字多い方です。見つけたら修正します。
※本人が気に入らなければ内容を予告なく変更することがあります。ご了承ください。
※練習がてら書いています。
※表紙は仮です。そのうち変えるかも。
※内容紹介も変わると思います。とりあえず仮。ということで。
※R15は念のため。
※マイペース更新。
楽しんで読んでいただけたら幸いです。
注意:
※現実に似ていますが、少しずれた架空の世界のお話です。
※実際のドールの取り扱いとは異なります。ご注意ください。
2023.05.14
※こちらの作品に関しまして、基本二次創作はokですが、#虹あさぎ、#青の章~ドールno君とルームシェア?~、両方の記載が条件となります。よろしくお願いいたします。
題名に副題を付けました。
2023.05.18
神の子扱いされている優しい義兄に気を遣ってたら、なんか執着されていました
下菊みこと
恋愛
突然通り魔に殺されたと思ったら望んでもないのに記憶を持ったまま転生してしまう主人公。転生したは良いが見目が怪しいと実親に捨てられて、代わりにその怪しい見た目から宗教の教徒を名乗る人たちに拾ってもらう。
そこには自分と同い年で、神の子と崇められる兄がいた。
自分ははっきりと神の子なんかじゃないと拒否したので助かったが、兄は大人たちの期待に応えようと頑張っている。
そんな兄に気を遣っていたら、いつのまにやらかなり溺愛、執着されていたお話。
小説家になろう様でも投稿しています。
勝手ながら、タイトルとあらすじなんか違うなと思ってちょっと変えました。
かれこひわづらひ
ヒロヤ
恋愛
男性恐怖症のアラフォー女、和泉澄子。大人の男性に近づくと恐怖で呼吸困難になってしまう彼女が恋をしたのは、誰もが恐れる鋭い目の男、柿坂。二人の会話は常に敬語で、一人称は「わたし」「私」。
どうすれば普通の恋愛ができる?どうすれば相手が逃げない?どうすれば、どうすれば……。
恋愛レベル中学生以下、指先すら触れ合うことのない片腕分の遠距離恋愛の始まり――。
どんなに自信がなくても、怖くても、惨めでも、一生懸命に人生を歩むすべての人に捧げます。
※ラブシーンは一切ございませんが、かなり大人の男女向け仕様となっております。
堕天使の詩
ピーコ
キャラ文芸
堕天使をモチーフにして詩や、気持ちを書き綴ってみました。
ダークな気持ちになるかも知れませんが、天使と悪魔ーエクスシアーと一緒に読んでいただければ、幸いです!( ^ω^ )
明治あやかし黄昏座
鈴木しぐれ
キャラ文芸
時は、明治二十年。
浅草にある黄昏座は、妖を題材にした芝居を上演する、妖による妖のための芝居小屋。
記憶をなくした主人公は、ひょんなことから狐の青年、琥珀と出会う。黄昏座の座員、そして自らも”妖”であることを知る。主人公は失われた記憶を探しつつ、彼らと共に芝居を作り上げることになる。
提灯からアーク灯、木造からレンガ造り、着物から洋装、世の中が目まぐるしく変化する明治の時代。
妖が生き残るすべは――芝居にあり。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる