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第二幕

恵莉花の日常 その20

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千華ちかとは、席が隣同士になった初めから不思議と気が合った。

「あたし、藤宮千華ふじのみやちか。よろしく!」

馴れ馴れしいくらいにフレンドリーに声を掛けてきた千華に、恵莉花えりかも、

「私は月城つきしろ恵莉花えりか。よろしくね」

笑顔で応える。この頃はまだ、恵莉花の方も、誰に対しても普通に朗らかな明るい感じだった。

一方、千華は、入学から数週間の間は普通の恰好をしていたのに、五月に入った頃にはスカートのウエストは何段も折り返して、下着代わりのスパッツが見えるくらいに短くし、ブラウスのボタンは、アスリートが着けていそうなスポーツブラが見えるくらいまで開けるという、扇情的な着崩しをし始めた。

「藤宮! ボタンを締めろ! スカートは折り返すな!」

教師に命じられても、

「へいへ~い」

と気のない返事をするだけで、まったく聞く耳を持たなかった。

とは言え、恵莉花には、彼女がいわゆる<不良>だとは思えなかった。なにしろ、いわゆる不良にありがちな暴力的威圧的な気配がまるでなく、さらに話してみれば実は博識で、学校から出される課題は必ずこなし、授業を受ける態度も、その奇妙な恰好とは裏腹に真面目そのものだった。

中学の時点ではテストの成績も平均よりもかなり高かったこともあり、とにかく大人に対する態度と服装以外はむしろ<優等生>と言ってもいいくらいだろう。

コミュニケーション能力も決して低くなかった。

ただ、そのいかにも不真面目そうな見た目の印象にそぐわない成績の良さは、彼女よりも下の成績の生徒からはやっかみを受け、早々に浮いた存在になっていった。

けれど恵莉花は、その恰好そのものに何らかの意図があると察してそれには触れず、実は生真面目で心優しいところもある部分を評価した。恵莉花にとってはむしろそれが普通だった。

なにしろ恵莉花自身の家庭にもいろいろと複雑で余人には話せない事情があり、そういうものを抱えている人間は決して珍しくないことも知っていたのだから。

そしてこの時点では恵莉花も他の生徒と普通に親しくしていたので、恵莉花が間に入ることで千華も概ねクラスに馴染んでいただろう。

こうして、中学の間は、恵莉花も多くの<友達>に囲まれて、傍目にも楽しそうに過ごしていた。

彼女を取り巻く<空気>が変わったのは、やはり高校に進学し、千華と礼司は同じ高校に入学したものの中学の時の<友達>のほとんどと離れ離れになって、周りにいる多くが、

<高校に入ってからできた友達>

になってからだと思われる。

恵莉花のことをそれほど深く知る前に、園芸部でのことや、<フラワーショップ・エリカ>の件で、

『腫れ物に触れる感じ』

になってしまったのかもしれない。

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