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第二幕

恵莉花の日常 その13

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翌日、いつものように学校に行くと、

「おはよう」

と言って教室に入った恵莉花えりかだったものの、返事はなかった。

一年の途中辺りからずっとこの調子だ。

二年に進級してクラス替えはあったものの、今では恵莉花自身が学校そのもので浮いた存在でもあったので、積極的に親しくしてくれる者はいない。

どうしてそうなったのかは、恵莉花自身にははっきりした心当たりはないものの、何となく『そうかも』と思う点はないこともない。

彼女が代表取締役になっている<フラワーショップ・エリカ>のことと、一年から所属している、と言うか、それがあるからこの学校を選んだ理由になっている<園芸部>のことだ。

入部はしたものの、あくまで華やかかつライトな感じで楽しみたいというだけの他の部員と、ある種の学問としての園芸を目指したかった恵莉花とは活動内容の方向性が合わず、彼女はずっと独自に園芸に取り組んできた。

それがどうも他の部員達からは快く思われていないらしい。

しかも、日本におけるガーデニングの大家たいかと言われる人物が主催するコンテストで、恵莉花が出品した鉢植えが、園芸部の先輩を差し置いて特別賞を取ったことも、やっかみの対象になった可能性も高い。

加えて、フラワーショップ・エリカという、規模は必ずしも大きくないものの実際に<園芸店>を経営している<社長>であることもまた、面白くないようだ。

特に、

『高校生でありながら社長』

というのは、園芸部以外でも、いろいろと多感な時期にある生徒達にとっては好ましくない意味で刺激にもなるらしい。<フラワーショップ・エリカ>は彼女が高校に上がる直前に立ち上げられたものだった。中学の頃は、周囲の接し方も、すごく親しげだったのだ。

さらには、ことさら外見を整えるようなことをしていないにも拘らずその造形は明らかに美麗で、何より、本人がとても幸せそうに振舞っていたのが、気に入らなかったのだろうか。

他人のそういうやっかみを歯牙にもかけない、それどころか逆に<勝者>として君臨してみせるようなタイプであれば、いわゆる<虎の意を狩る狐>的に彼女の威光に取り入りたい者達は擦り寄ってきたかもしれない。

けれど恵莉花は、そうやってあからさまに他人を見下すような振る舞いができるタイプじゃなかった。

むしろ本質的には他人を気遣えるタイプだからこそ、自分に向けられる<負の感情>を察してしまい、自分を抑えようという無意識が働いてしまうがゆえに、一歩引いた対応になってしまったのだろう。だから余計に、他の生徒達も彼女と距離を置くようになった。

『空気を読め』と口にする者は多いが、恵莉花は、

『空気を読んだ』

からこそ、現在の状況を招いたとも言えるだろう。

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