上 下
251 / 571

洸の日常 その8

しおりを挟む
院長の話は、新しい検査方法についての詳しい説明を求めるものだった。

年齢を重ねてもここの院長は、より確実でより精度の高い検査を積極的に取り入れて、確度の高い診断を下すことを目指していた。

だからこそ厳しいことも言う。

この時のあきらも、ある患者の検査データにブレがあった点について突っ込んだ指摘を受けた。

この時はあくまで患者の側の問題だったものの、実は検体の保管状態が適切でないと検査結果に影響が出る場合もあり、実際にそういう形での検査データの誤差は少なくなかったりもした。

現在では一層確実に保管できることを目指してはいるものの、二十年三十年前ともなると、その辺りが結構ルーズな時期もあったりしたのだ。

院長も、昔それで苦い想いをしたことがあったため、どうしても当たりが強くなることもある。

けれど洸は、つい理不尽にも思えることのありそうな院長の口ぶりにも決して苛立つことはなかった。ただただ丁寧に論理的に答える。

そして、分からないことは、

「申し訳ございません。今の時点では正確な解答をご用意できません。ですので、詳細を確認の上、改めてお答えいたします」

と応える。そこで分かったような顔をしていい加減なことは言わない。

洸のそういう真摯な態度を、実は院長の方も信頼していた。

だからつい、仕事の話が終わると、

「ところで、話は変わるが、娘がな、一度、君と食事に行きたいそうなのだ。

都合は付けられないだろうか?」

などと、可愛い自分の娘のためにそのようなことを持ちかけてしまう親バカな面も見せてしまうこともあった。

すると洸は、

「それは大変に光栄です。ただ、申し訳ございません。プライベートにつきましては婚約者のために使うことを身上としておりまして。そちらのご要望にはお応えいたしかねます」

丁寧に、しかしはっきりと断った。そこでいい顔をしようとして安請け合いはしない。

そんな洸に、院長も、

「そうか…それは残念だ。君のような男なら、私も安心なんだが……」

本心を吐露する。

ただ、洸の言う<婚約者>というのは、本当は方便だった。婚約者がいるということにしておけば断りやすいし、相手も、

『彼なら婚約者がいても当然か』

と思ってくれる。

しかし、婚約者というもの自体は方便ではあるものの、その一方で自分に想いを寄せてくれている椿つばきのためというのがあるのも事実だった。

彼女と結婚するかどうかは分からないものの、彼女はまだ小学生ではあるものの、だから下手をすれば『ロリコン扱い』される可能性もありつつ、いずれ彼女が結婚も可能な年齢になっても今と変わらずに想ってくれているか待ってみようと思ってもいたのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな

ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】 少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。 次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。 姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。 笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。 なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中

神竜に丸呑みされたオッサン、生きるために竜肉食べてたらリザードマンになってた

空松蓮司
ファンタジー
A級パーティに荷物持ちとして参加していたオッサン、ダンザはある日パーティのリーダーであるザイロスに囮にされ、神竜に丸呑みされる。 神竜の中は食料も水も何もない。あるのは薄ピンク色の壁……神竜の肉壁だけだ。だからダンザは肉壁から剝ぎ取った神竜の肉で腹を満たし、剥ぎ取る際に噴き出してきた神竜の血で喉を潤した。そうやって神竜の中で過ごすこと189日……彼の体はリザードマンになっていた。 しかもどうやらただのリザードマンではないらしく、その鱗は神竜の鱗、その血液は神竜の血液、その眼は神竜の眼と同等のモノになっていた。ダンザは異形の体に戸惑いつつも、幼き頃から欲していた『強さ』を手に入れたことを喜び、それを正しく使おうと誓った。 さぁ始めよう。ずっと憧れていた英雄譚を。 ……主人公はリザードマンだけどね。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

バンド若草物語の軌跡

みらいつりびと
キャラ文芸
親から勉強を強いられていた高瀬みらいは、進学校桜園学院高等学校に入学した。そこで出会ったクラスメイトとバンド若草物語を組むことになる。 作詞の奇才と作曲の天才と編曲の才媛のバンドの軌跡を描いた物語。イエロー・マジック・オーケストラに憧れた高校生たちはメジャーデビューできるのか? 夢を見つけ、夢に挑み、夢を叶える。それが理想だけれど、多くの人の夢は破れる……。 この小説はスマホもパソコンもない1980年頃の日本をイメージして書いています。 なお、本作はフィクションであり、実在の人物、音楽グループ、学校等とは関係はありません。似ている人がいたとしても、ちがうんですう!

人生負け組のスローライフ

雪那 由多
青春
バアちゃんが体調を悪くした! 俺は長男だからバアちゃんの面倒みなくては!! ある日オヤジの叫びと共に突如引越しが決まって隣の家まで車で十分以上、ライフラインはあれどメインは湧水、ぼっとん便所に鍵のない家。 じゃあバアちゃんを頼むなと言って一人単身赴任で東京に帰るオヤジと新しいパート見つけたから実家から通うけど高校受験をすててまで来た俺に高校生なら一人でも大丈夫よね?と言って育児拒否をするオフクロ。  ほぼ病院生活となったバアちゃんが他界してから築百年以上の古民家で一人引きこもる俺の日常。 ―――――――――――――――――――――― 第12回ドリーム小説大賞 読者賞を頂きました! 皆様の応援ありがとうございます! ――――――――――――――――――――――

東京浅草、居候は魔王様!

栗槙ひので
キャラ文芸
超不幸体質の貧乏フリーター碓氷幸也(うすいゆきや)は、ある日度重なる不運に見舞われ、誤って異世界の魔王を呼び出してしまう。 両親を亡くし、幼い弟妹を抱えながら必死に働いている幸也。幾多の苦難に見舞われながらも、いつか金持ちになり安心して暮らす未来を夢見て日夜バイトに励んでいた。そんな彼の前に、最凶の存在が立ち現れる。 人間界を良く知らない魔王様と、彼を連れ戻そうと次々現れる厄介な悪魔達に振り回されて、幸也の不幸はさらに加速する!?

黒魔女とエセ紳士

鶴機 亀輔
キャラ文芸
自分が異質で、世界からはみ出してるとわかってる。それでも居場所が欲しい。だれかに必要とされたくて、たったひとりの「特別」になりたくて――求めずにはいられないの。 貧困家庭出身で下級アルファな絹香には夢も、希望もない。 魂の番である運命のオメガと出会うことに興味がない。 先の見えない未来や将来に期待しない。 恋愛や結婚を真剣に考えることもなく、ただ、代わり映えのない毎日を漫然と過ごしている。 ある日、絹香はオメガの壱架の番であるアルファにタコ殴りにされ、大怪我をして入院するはめになってしまう。 そして入院先の病院で元彼の和泉と再会し――。 ※注意※ NLメインとなりますが、前半にGL描写が入ります。 主人公が恋人となる男と出会う前に、ほかの女と肉体関係をもっているのが伺えるシーンがあります。 セフレ、浮気・不倫描写があります。 この物語はフィクションです。 実在の人物・団体・事件などと一切関係ありません。 残酷・暴力描写:* 性描写:※ こちらの作品はNolaノベルからの転載となります。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

処理中です...