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洸の日常 その8

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院長の話は、新しい検査方法についての詳しい説明を求めるものだった。

年齢を重ねてもここの院長は、より確実でより精度の高い検査を積極的に取り入れて、確度の高い診断を下すことを目指していた。

だからこそ厳しいことも言う。

この時のあきらも、ある患者の検査データにブレがあった点について突っ込んだ指摘を受けた。

この時はあくまで患者の側の問題だったものの、実は検体の保管状態が適切でないと検査結果に影響が出る場合もあり、実際にそういう形での検査データの誤差は少なくなかったりもした。

現在では一層確実に保管できることを目指してはいるものの、二十年三十年前ともなると、その辺りが結構ルーズな時期もあったりしたのだ。

院長も、昔それで苦い想いをしたことがあったため、どうしても当たりが強くなることもある。

けれど洸は、つい理不尽にも思えることのありそうな院長の口ぶりにも決して苛立つことはなかった。ただただ丁寧に論理的に答える。

そして、分からないことは、

「申し訳ございません。今の時点では正確な解答をご用意できません。ですので、詳細を確認の上、改めてお答えいたします」

と応える。そこで分かったような顔をしていい加減なことは言わない。

洸のそういう真摯な態度を、実は院長の方も信頼していた。

だからつい、仕事の話が終わると、

「ところで、話は変わるが、娘がな、一度、君と食事に行きたいそうなのだ。

都合は付けられないだろうか?」

などと、可愛い自分の娘のためにそのようなことを持ちかけてしまう親バカな面も見せてしまうこともあった。

すると洸は、

「それは大変に光栄です。ただ、申し訳ございません。プライベートにつきましては婚約者のために使うことを身上としておりまして。そちらのご要望にはお応えいたしかねます」

丁寧に、しかしはっきりと断った。そこでいい顔をしようとして安請け合いはしない。

そんな洸に、院長も、

「そうか…それは残念だ。君のような男なら、私も安心なんだが……」

本心を吐露する。

ただ、洸の言う<婚約者>というのは、本当は方便だった。婚約者がいるということにしておけば断りやすいし、相手も、

『彼なら婚約者がいても当然か』

と思ってくれる。

しかし、婚約者というもの自体は方便ではあるものの、その一方で自分に想いを寄せてくれている椿つばきのためというのがあるのも事実だった。

彼女と結婚するかどうかは分からないものの、彼女はまだ小学生ではあるものの、だから下手をすれば『ロリコン扱い』される可能性もありつつ、いずれ彼女が結婚も可能な年齢になっても今と変わらずに想ってくれているか待ってみようと思ってもいたのだった。

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