250 / 571
洸の日常 その7
しおりを挟む
大学時代に人間関係の難しさも知り、洸は晴れて臨床検査会社の社員として就職が決まり、現在は営業職としてルート営業を行っている。
詳しい内容としては、契約している医院や病院を巡回し、血液、便、喀痰、組織片等の<検体>を回収、会社内の検査ラボに届けて検査を行い、その結果を各医院や病院に届けるという仕事だった。
もっとも、現在では情報ネットワーク設備が導入されている医院や病院が多いので、わざわざプリントアウトされた検査データを届けなくても、医院や病院の画面上で確認できるようになっているけれど。
洸が就職した時点ではまだそこまで整備されていなかったので、検体の回収の際に検査データを届けるという形だったのだという。
今では考えられないが。
とは言え、データは画面で確認できるようになっても実際の検体は回収しなければならないので、毎日、担当する医院や病院を回って検体を回収すると同時に新しい検査方法についての案内や料金の交渉等の営業活動も行っていた。
で、そうなると当然のように、女性の看護師や事務職員らは洸が来るのを楽しみにしてたりもする。
「こんにちは」
検体を入れるためのクーラーボックスを手に、ある医院を訪れると、
「こんにちは♡」
受付の女性職員が明らかにテンション高く応えた。すると他の女性職員も「あ!」と小さく声を上げながら窓口に出てきて、
「ごくろうさまです♡」
と出迎える。
そして、ベテランと思しき女性職員が、
「院長が中でお待ちです」
と声を掛けると、
「はい」
洸も爽やかに微笑んで応えた。
すると、職員の女性だけでなく、待合室にいた女性患者までうっとりした表情で洸を見る。
なるべく地味な印象になるような恰好をしていてもこれなので、いかにもな洒落た格好をするようにしたらそれこそどうなってしまうのか。
しかしそんな女性の視線を受け流しつつ、洸は院長室へと向かった。この時間、ここの医院は他の医師が診察を担当しているので、院長は部屋で洸を待っていた状態だった。
「失礼します」
声を掛けながら部屋に入ると、そこには、やや厳めしい顔をした、歳の頃は六十代といった感じの白衣の男性が待っていた。
この医院の院長である。
院長は、やや不機嫌そうにちらりと洸に視線を向けて、
「まったく。君が来るといつもこうだ。今時の若い娘はもうちょっと節度というものをわきまえるべきだな」
苦々しく言う。女性職員らの上ずった声が聞こえていたのだろう。すると、
「いえ、院長。ここの職員の方は皆さん勤勉で、能力のある方ばかりです。これも院長のお人柄によるものですよ」
洸は笑顔でそう返す。
「む……んんっ、まあいい、掛けたまえ」
院長は少し気まずそうに咳払いをして、椅子を勧めたのだった。
詳しい内容としては、契約している医院や病院を巡回し、血液、便、喀痰、組織片等の<検体>を回収、会社内の検査ラボに届けて検査を行い、その結果を各医院や病院に届けるという仕事だった。
もっとも、現在では情報ネットワーク設備が導入されている医院や病院が多いので、わざわざプリントアウトされた検査データを届けなくても、医院や病院の画面上で確認できるようになっているけれど。
洸が就職した時点ではまだそこまで整備されていなかったので、検体の回収の際に検査データを届けるという形だったのだという。
今では考えられないが。
とは言え、データは画面で確認できるようになっても実際の検体は回収しなければならないので、毎日、担当する医院や病院を回って検体を回収すると同時に新しい検査方法についての案内や料金の交渉等の営業活動も行っていた。
で、そうなると当然のように、女性の看護師や事務職員らは洸が来るのを楽しみにしてたりもする。
「こんにちは」
検体を入れるためのクーラーボックスを手に、ある医院を訪れると、
「こんにちは♡」
受付の女性職員が明らかにテンション高く応えた。すると他の女性職員も「あ!」と小さく声を上げながら窓口に出てきて、
「ごくろうさまです♡」
と出迎える。
そして、ベテランと思しき女性職員が、
「院長が中でお待ちです」
と声を掛けると、
「はい」
洸も爽やかに微笑んで応えた。
すると、職員の女性だけでなく、待合室にいた女性患者までうっとりした表情で洸を見る。
なるべく地味な印象になるような恰好をしていてもこれなので、いかにもな洒落た格好をするようにしたらそれこそどうなってしまうのか。
しかしそんな女性の視線を受け流しつつ、洸は院長室へと向かった。この時間、ここの医院は他の医師が診察を担当しているので、院長は部屋で洸を待っていた状態だった。
「失礼します」
声を掛けながら部屋に入ると、そこには、やや厳めしい顔をした、歳の頃は六十代といった感じの白衣の男性が待っていた。
この医院の院長である。
院長は、やや不機嫌そうにちらりと洸に視線を向けて、
「まったく。君が来るといつもこうだ。今時の若い娘はもうちょっと節度というものをわきまえるべきだな」
苦々しく言う。女性職員らの上ずった声が聞こえていたのだろう。すると、
「いえ、院長。ここの職員の方は皆さん勤勉で、能力のある方ばかりです。これも院長のお人柄によるものですよ」
洸は笑顔でそう返す。
「む……んんっ、まあいい、掛けたまえ」
院長は少し気まずそうに咳払いをして、椅子を勧めたのだった。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
雨降る朔日
ゆきか
キャラ文芸
母が云いました。祭礼の後に降る雨は、子供たちを憐れむ蛇神様の涙だと。
せめて一夜の話し相手となりましょう。
御物語り候へ。
---------
珠白は、たおやかなる峰々の慈愛に恵まれ豊かな雨の降りそそぐ、農業と医学の国。
薬師の少年、霜辻朔夜は、ひと雨ごとに冬が近付く季節の薬草園の六畳間で、蛇神の悲しい物語に耳を傾けます。
白の霊峰、氷室の祭礼、身代わりの少年たち。
心優しい少年が人ならざるものたちの抱えた思いに寄り添い慰撫する中で成長してゆく物語です。
創作「Galleria60.08」のシリーズ作品となります。
2024.11.25〜12.8 この物語の世界を体験する展示を、箱の中のお店(名古屋)で開催します。
絵:ゆきか
題字:渡邊野乃香
後宮妖獣妃伝~侍女は脱宮を画策する~
森原すみれ@薬膳おおかみ①②③刊行
キャラ文芸
琳国西端に位置する碌山州から、后妃候補とその侍女が後宮に発った。
姉の侍女として名乗りを上げた鈴鈴の狙い。
それはずばり——『姉の蘭蘭を、後宮から密かに救い出すこと』!
姉推しガチ勢の鈴鈴は、日々姉の美しさを愛で、悪意を跳ね除け、計画を遂行すべく奮闘する。
しかし思いがけず皇帝との関わりを持ったばかりか、ある騒動をきっかけに完全に退路を失って……!?
「大丈夫。絶対に私が、娘娘をこの檻の外に出してみせますからね」
「お前のあの舞は美しかった。今も俺の脳裏にちらついて、何やら離れようとせぬ」
姉妹愛に燃える一途な妹侍女の、脱宮奮闘物語!
※ノベマ!、小説家になろう、魔法のiらんどに同作掲載しています
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
【完結】龍神の生贄
高瀬船
キャラ文芸
何の能力も持たない湖里 緋色(こさと ひいろ)は、まるで存在しない者、里の恥だと言われ過ごして来た。
里に住む者は皆、不思議な力「霊力」を持って生まれる。
緋色は里で唯一霊力を持たない人間。
「名無し」と呼ばれ蔑まれ、嘲りを受ける毎日だった。
だが、ある日帝都から一人の男性が里にやって来る。
その男性はある目的があってやって来たようで……
虐げられる事に慣れてしまった緋色は、里にやって来た男性と出会い少しずつ笑顔を取り戻して行く。
【本編完結致しました。今後は番外編を更新予定です】
〈銀龍の愛し子〉は盲目王子を王座へ導く
山河 枝
キャラ文芸
【簡単あらすじ】周りから忌み嫌われる下女が、不遇な王子に力を与え、彼を王にする。
★シリアス8:コミカル2
【詳細あらすじ】
50人もの侍女をクビにしてきた第三王子、雪晴。
次の侍女に任じられたのは、異能を隠して王城で働く洗濯女、水奈だった。
鱗があるために疎まれている水奈だが、盲目の雪晴のそばでは安心して過ごせるように。
みじめな生活を送る雪晴も、献身的な水奈に好意を抱く。
惹かれ合う日々の中、実は〈銀龍の愛し子〉である水奈が、雪晴の力を覚醒させていく。「王家の恥」と見下される雪晴を、王座へと導いていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる