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洸の日常 その3

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ダンピールとして吸血鬼を激しく憎み、抹殺することを目的にミハエルに近付いたエンディミオンを恐れながらも、さくらは、アオに危害が及ばないようにと心を砕いた。

そう、最初はただアオを守りたいというだけだった。アオにとってミハエルが大切だから、エンディミオンとミハエルが衝突しないようにするのが結果としてアオを守ることになると考えただけだ。

決して最初からミハエルのためと考えていたわけじゃないし、ましてやエンディミオンに罪を重ねさせないことが目的でもなかった。

けれどそれが結果としてエンディミオンから、

<攻撃的でいる理由>

を奪って、今の状況に至る原因を作ったに過ぎない。

ただ、ここで大切なのは、

『さくらが優しかったからエンディミオンもほだされた』

というわけでは必ずしもないということ。

よくある低年齢層向けのフィクションでは<優しさ>が相手を改心させることもあるものの、残念ながら現実はそう単純でもない。

ミハエルとエンディミオンの間でも『あわや』ということがあった時、その時点での全面衝突をエンディミオンが思いとどまったのは、あくまで、

『ミハエルが非常に強敵で容易ならざる相手だったから』

というのが一番の理由だった。それに加えて、さくらとのそれまでの積み重ねが、エンディミオンに、

『次の機会を窺う』

という判断を行わせ、辛うじて最悪の事態を回避できたに過ぎない。

もし、ミハエルが弱ければその時点で命を落としていただろうし、さくらとの積み重ねがなければ、エンディミオンはまたすぐ後でミハエルを襲撃していたに違いない。

つまり、どちらが欠けていても今のこの幸せはなかったという。

物事というのは、多くの場合、複合的な要因が絡まりあうことでその結果に至るものだろう。

何か一つの<とっておきの秘策>で何もかもが上手くいくということは有り得ない。

現実で、別の事例では上手くいった対処法が、また別の事例ではかえって事態を悪化させるということが実際にあるはずだ。

問題を確実に解決するには、多方面からそれを冷静に論理的に分析し、多角的に複数の対処法を組み合わせつつ、慎重に推移を見守り、状況の変化に応じて随時新たな対処法を講じていく必要があるはずだった。

さくらやアオは、本人も意図しないうちにそれを実行していたと言える。

特にさくらは、エンディミオンの心境の変化に気を配り、彼が攻撃性を発揮する必要がないようにした。その経験が、あきらをはじめ、恵莉花えりか秋生あきおを育てる際にも活かされていたのだった。

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