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父親の強さと大きさ

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夜。椿つばきを寝かしつけたミハエルは、悠里ユーリ安和アンナを伴って近所の公園に来た。

さすがにまだ肌寒けれど、吸血鬼であるミハエルやダンピールである悠里と安和にはにはどうということもない。

「じゃあ、始めようか」

周囲に人がいないことを確かめて、ミハエルはそう二人に声を掛けた。

「二人同時でいいよ」

そう口にした瞬間、悠里と安和の姿が消える。

と、同時に、ミハエルが右手を左のこめかみ辺りに、左手を右脇腹辺りに掲げると、右手には悠里の右足が、左手には安和の左膝が捉えられていた。

日課のトレーニングである。

日本にいるとどうしても緊張感がないこともあっていろいろなまるので、こうやって感覚を磨いておかないといけないのだった。

加えて、人間をはるかに上回る<力>を持つ悠里と安和は、その使い方をしっかりと身に付けておかないといけないというのもある。

でないと力の加減を間違えてしまう可能性があるからだ。

そして、自分に何ができて、何ができないかを知るという意味もある。

今の一撃は、まったく手加減のない、渾身のそれだった。なのに、ミハエルの手で受け止められたという実感さえほとんどなかった。何か柔らかいものに当ったかのような。

ミハエルが、足や膝が当たる瞬間に僅かに手を引いて衝撃を受け流したのだ。

もうこれだけで力の差が分かってしまう。絶対に勝てない相手だというのが。

けれど、それが逆に悠里と安和には嬉しかった。普段は出すことのできない全力を出すことができると分かるから。

だから、

「ひゅうっ!!」

「はあっ!!」

鋭い呼気を放つことで自分の中の力に明確な<形>を与え、打ち出す。

何度も、何度も。

なのにそれらはことごとくミハエルの掌中に収まって、かき消されてしまう。

拳も蹴りもまったくとどかない。今の自分が出しうるすべてを発揮しているのに。

いくら気配を消して人間には見えないようにしていても、切り裂かれる空気は消えてなくならない。それが風を生み、巻く。

その場を目撃した人間の目には、まるで旋風が舞っているようにも見えるだろう。

それが三十分ほど続いて、

「ふうふう…」

「はあ…はあ……」

息を切らした悠里と安和が地面に座り込んでいた。もう立ち上がる力もないらしい。

対してミハエルは、まったく息も乱れていない。ただ静かに微笑みながら二人を見守っているだけだ。

ミハエルは言う。

「力を持つ者にとって大切なのは、『力を使わない』ことじゃない。『力の使い方をよく理解する』ことなんだ。

僕は、悠里と安和にもちゃんとそれを知っていてほしいと思う」

正直、これも悠里と安和にとっては父親と遊んでいるのと同じだった。そんな<遊び>の中で、父親の強さと大きさを実感していたのだった。

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