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人間は何をしでかすか

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修理はしたもののやはり日本で借りるレンタカーと比べれば明らかに、

<料金を取って貸すに値しないガラクタ>

であろうそれは非常に頼りなかった。それでもセルゲイは、まるで怠け者の人間のようにぐずる自動車をなだめてすかして、ギアナ高地へ向けての道程をこなしていった。

それこそ自動車の歴史そのものさえ見続けたセルゲイにとっては訳もないことだったかもしれない。

なにしろ彼は、ガソリン自動車としては初期も初期の<1885年型ベンツ>の整備、運転をしていたこともあったのだから。

それどころか、実際に触ったことはなかったものの<最初の自動車>とも呼ばれる最初期の蒸気自動車<キュニョーの砲車>を直に見たことさえある。

前輪の前に蒸気機関を搭載したそれは時速三キロしか出なかったそうだが、人間という生き物の途方もない可能性を彼に想像させるには十分だったのだろう。

百キロの距離を僅か数時間で駆け抜け、一トン近い荷物でさえ一人で担ぐこともできる吸血鬼はそのような道具に頼る必要がなかったことで思い付きもしなかったというのに、人間は、生物としては劣っているからこそ、知恵と発想でそれを補おうとしてるのだ。

この時点で、セルゲイは、人間を敵に回すことのリスクを実感したのだという。

『負けるはずはないけど、でも人間は何をしでかすか分からない。下手に敵に回さない方がいい』

と。

後に本格的に生物学者への道を進むことになったセルゲイだったが、機械についても知識は深く広範だった。

だから、無事、ギアナ高地へとたどり着く。

「あ~、これだったらボリスの車の方がよっぽどマシだった…!」

安和アンナはそうボやいていたけれど。

まあとにかく、『研究のために』ギアナ高地へ立ち入る許可をしっかりと取っていたセルゲイは、手馴れた様子で拠点作りを行う。

一方、ミハエルは、ネットワーク用の機器の準備をしていた。基本的にはネット環境などないとされているギアナ高地だが、無線機などを持ち込めば連絡手段そのものはないわけじゃない。

そして、コロンビアにはセルゲイの知人である吸血鬼が住んでおり、無線でその知人のところまで通信し、それをそのままブロードバンドネットワーク用のプロトコルに変換しネットに接続するという機器が開発されていたのだった。

これは、その知人が個人的な趣味で開発したものであって一般には出回っていない機器である。

『あれば便利かもしれないが商業的には作るメリットがない』

として開発されなかったのだろう。その辺りの損得を度外視する<趣味人>ならではのクラフトなのだった。

人間は確かにとんでもない発明をする生き物だけれど、その人間を傍で見続けている吸血鬼の中にも、人間に負けず劣らず突拍子もない発想をする者もいるということだ。

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