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表裏のない朗らかさ

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「私は、フランス語を勉強したくて留学したんですけど、フランス本国よりもここカナダの方がなんとなく私には合ってる気がして、こっちにしました。

こう、カナダの自然の方がおおらかな感じがするんです。もちろん厳しい時もあっても、何だか不思議と許せるって言うか。

あと、食事がバラエティに富んでますよね。公用語がフランス語だから当然、フランス料理がベースになってるのが多いですけど、イタリアンもあるし東欧系のも美味しいし、アジアンだってあります。でもまあ、当たり外れもおおいですけどね。

だけどその当たり外れがあるっていうのがまた楽しいんです!

先日も、日本料理を謳ってるとこに入ったらこれがまあヒドイ紛い物で、自然解凍したらしいウドンを、出汁も入ってない水で薄めただけの醤油に浸して、しかもその上に生クリームを乗せてたんですよ? 

で、名前が<カツシカホクサイ>ですって。

知ってますか? <葛飾北斎>。その北斎の浮世絵からインスピレーションを得たと店主は言ってましたけど、いやあ、感性の違いってこういうところでも発揮されるんですね。

さすがの私も出された分を食べきるだけで精一杯で、その後すぐに、ちゃんとした日本料理を出す店に直行して口直ししましたよ」

彼女は饒舌にそう語りつつ、ミハエル達が次に行く予定にしていたレストランまで同行した。

それには若干呆れつつも、悠里ユーリ安和アンナ(いや、今はヴァレリーとアンゲリーナか)は、案外、悪い気はしていなかった。たぶん、彼女からは裏表のある人間の匂いがしてこなかったからだろう。

吸血鬼やダンピールには分かってしまうのである。隠している本心、特に悪意を隠し持っている人間というのが。

それが分かった上で付き合うこともあるものの、それでもやはりいい気はしないので、特にまだ子供であるヴァレリーとアンゲリーナには、表裏のない、朗らかな彼女の明るさが心地好かったらしい。

このところ、ヴァレリーもアンゲリーナも人間の好ましくない一面を見せ付けられてきたことの影響もあったかもしれない。

改めてこういう人間もいるのだと安心した感じだといえる。

なので、素直に<幼い子供のフリ>ができた。

「ねえねえ、ミチホ、勝負しよう?」

「ミチホが勝ったらキスしてあげる!」

プラチナブロンドのさらさらとした髪をきらめかせる愛らしい人形のような二人にそう言われて、

「よ~し! じゃあ、お姉さんの実力、見せてあげる♡」

と気合を入れ、店のメニューにあったエッグベネディクト全種類に加え、分厚いフレンチトーストにサーモンを使ったサンドイッチも頼み、やはり怒涛の勢いでもりもりと食べたのだった。

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