ショタパパ ミハエルくん(耳の痛い話バージョン)あるいは、(とっ散らかったバージョン)

京衛武百十

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自分に正直に生きたからこそ

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『自分に正直に生きる』

よく良い意味で使われるその言葉の危険性を、蒼井家と月城つきしろ家の者達はよく知っていた。

なぜなら、自分に正直だったからこそ、エンディミオンを生み出した吸血鬼は彼を実験動物のように扱ったし、自分に正直だったからこそエンディミオンは吸血鬼と吸血鬼に与する人間を憎み、この世からすべて排除することを望んだ。

それぞれが自分に正直に生きたからこそ誰も幸せになれなかった。

だから、正直になっていい感情とそうでない感情とがこの世にはあるのだという何よりの証拠だという実感があった。

耳に心地好い言葉というやつは、麻薬のように人を惑わすのだろう。

それを知っているからこそ、蒼井家の者達も月城家の者達も、その場の感情に流されないことを心掛けている。誰かを傷付けようという感情には、特に。

誰かを傷付ければその先に待っているのは報復の応酬だ。お互いに『やられたからやり返しただけ』と口にして、自分を正当化し、相手を傷付けようとする。

『やられっぱなしでいるのはおかしい』

と、

『自分に正直になれ』

と、美辞麗句に乗って報復を正当化する。

それによって新たに犠牲者が出るという可能性には目を瞑って。自分の報復が無関係な誰かを巻き添えにするかも知れないという可能性には目を瞑って。

フィクションのヒーローのように何一つ間違えることなく誰も犠牲にすることなく<悪>だけを葬り去るなんてことが可能だなどという妄想を信じて。

巻き添えをくった者からすれば自分こそが<悪>に見えるという事実は見て見ぬフリをして。

それを知るからこそ、蒼井家の者も月城家の者も、無駄に新たな不幸を生み出さずに済んでいる。

エンディミオンと十分に会話ができていないことに不満を覚えているさくらも、そこで感情的になってまるで自分だけが被害者であるかのように振る舞ったりしないからこそ、傷口を広げずに済んでいる。

彼を選んだのは他でもない自分自身だという事実から、さくらは目を背けることはない。

彼を伴侶に選んだ時点で自分も彼に負担を強いているという事実から目を背けることをせず、自分が一方的な被害者であるかのように振る舞うこともしない。

伴侶や恋人に浮気されたことで自分だけが被害者のように言う者も少なくないけれど、エンディミオンが抱えている<危険性>は、不倫や浮気などというカワイイものに収まるようなレベルではなかった。

他者の命を危険に曝すそれなのだから。

そのリスクを承知の上で彼と共に生きることを選んだ時点で、さくらはある意味では<共犯者>でもあった。彼女はその事実を認めている。

それを思えば、多少の不満など本当に些細なものでしかなかった。

故に目先の感情に囚われずに済んでいるのだった。

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