上 下
204 / 205
日常編

墓標

しおりを挟む
「アーシェスさん。お久しぶりです。お墓参りあんまり来れなくてごめんなさい。でも、ぜんぜん寂しくなさそうですね…」

その日ユウカは、一人でアーシェスの<お墓>に参っていた。もっとも、そこにあるのは墓と言っても実際にはただのモニュメントであり、本人は安置区域と呼ばれるデータ圧縮領域で、夫と共に目覚めることのない眠りについてるだけなのだが。

墓の前にはたくさんのお供え物で溢れ、アーシェスの人柄がしのばれた。彼女には子供こそいなかったが、エルダーとして面倒を見てきた者達が彼女にとっては子供のようなものだった。さしずめユウカは末っ子と言ったところだろう。

書庫ここ>で二百万年を生きたアーシェス・ヌェルーカシェルア。それがどれほどの時間だったのか、まだたった数十年しか生きていないユウカには分からない。だが、ユウカが思い出せる彼女の姿からは、とても幸せそうな様子しか窺えなかった。

ヒロキは、地球に残してきた想い人達をここから見送ることになるという。しかしそれさえ、二百万年も経てばどうなるのだろう……?

僅か数十年など、ほんの瞬きするかのような一瞬でしかないのだろうか?

それともやはり、数十年分の時間として感じられるのだろうか。

何となく日々が過ぎていく時間が早くなっていっているような気がしないでもないものの、正直、よく分からない。

アーシェスのように二百万年も生きた者は非常に少ないから、経験者も少ない。当然、その話を聞く機会も殆どない。アーシェス自身はそれについては詳しくは語ってくれなかった。

もっとも、語る必要もなかったのかもしれないが。

ユウカ自身は自分が何年生きることになるのか、何年生きようと思っているのか、今はまだ具体的には何も考えていない。ただ、多くの場合は一万年を待たずしてアーシェスと同じようにして眠りにつく。一番多いのは、千年前後だろうか。たいていはそれくらいで満足するからだろう。

自分がどうなるかは分からないけれど、満足するまでは生きたいと思った。その中で、もしかしたらヒロキと結ばれる時期もあるかもしれない。でもどんな生き方をしても、満足するまでは何度でもやり直せる。ここは、それができる世界なのだから。しかし、叶えられないこともある。

「…アーシェスさん。またあなたの声が聞きたいです…あなたのお話が聞きたいです…

でも、それはできないんですね。私の我儘であなたの眠りを妨げる訳にはいかないですもんね……

だけどやっぱり寂しいです……」

アーシェスの墓標の前で、ユウカは静かに涙を流したのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...