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日常編
忌むべき存在
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ビヤーキーと遭遇した彼は、絶望と恐怖の中で喘ぎ、もがき、のたうった。根源的な恐怖から逃れる為に全力を傾注し、生を渇望した。
もっとも、本来、彼は死んだことによってここに来た筈である。そしてここでは死は決して訪れることのないものなのだ。
だが、ここでの暮らしに慣れ始めていた彼は、自分が既に死んでいるということを忘れていたのだろう。その上で、彼らの惑星では精神の奥底にまで刷り込まれた忌むべき存在としてのそれに遭遇したことで、正気を失ってしまったのである。
彼は逃げた。必死で逃げた。なのに、まるで水中にでもいるかのように体が前に進まない。パニックが極まったことで肉体の統率が取れず、上手く動けなかったからだ。
涙と鼻水が垂れ流しになっていることにも気付かず、ついには小便すら漏らしつつなおも逃げようとした。
逃げ切れるはずなどないのだが……
と、その時、彼の前を黒い影がよぎった。まったく何の前触れもなく現れて音もなく通り過ぎたというのに、彼にはそれが何か分かってしまった。だから思わず声を上げた。
「レルゼーさん!?」
そう、彼の前に現れた影は、まぎれもなくレルゼー。邪神カハ=レルゼルブゥアであった。
ビヤーキーをこれほどまでに恐れる彼が邪神である筈のレルゼーを恐れないのは不思議に思うかもしれないが、邪神とは言っても彼の惑星で知られ恐れられているのはまた別の邪神であり、彼はここに来るまでカハ=レルゼルブゥアのことを知らなかったのである。
とは言え、彼が知っていようといまいと、レルゼーの力は本物である。神格を持つレルゼーにとってはビヤーキーなどハエ以下の存在でしかない。しかもレルゼーは、風の神格である邪神ハリハ=ンシュフレフアとは非常に仲が悪く、同じ風の属性を持つとされるビヤーキーのことは敵視していたのだった。
しかしこの時のレルゼーは何故か、ビヤーキーの頭を掴んで地面に引きずり倒しただけで、とどめを刺さなかった。人間以外の生物はここでも死ぬ。でなければ食料が調達できないからだ。なのに殺そうとはしなかった。
その光景を見ていた新人スタッフの彼は確かに聞いた。ビヤーキーを押し倒したままでレルゼーが呟いた言葉を。
「ユウカに見せてやろう……」
レルゼーは覚えていたのだ。ユウカがこの手のクリーチャーが好きで、常々実際に見てみたいと望んでいたことを。レルゼーにうっかり話し掛けたことで悪因縁を作ってしまったスタッフの彼がビヤーキーを呼び寄せてしまったことに気付き、これ幸いと駆け付けたという訳であった。
もっとも、本来、彼は死んだことによってここに来た筈である。そしてここでは死は決して訪れることのないものなのだ。
だが、ここでの暮らしに慣れ始めていた彼は、自分が既に死んでいるということを忘れていたのだろう。その上で、彼らの惑星では精神の奥底にまで刷り込まれた忌むべき存在としてのそれに遭遇したことで、正気を失ってしまったのである。
彼は逃げた。必死で逃げた。なのに、まるで水中にでもいるかのように体が前に進まない。パニックが極まったことで肉体の統率が取れず、上手く動けなかったからだ。
涙と鼻水が垂れ流しになっていることにも気付かず、ついには小便すら漏らしつつなおも逃げようとした。
逃げ切れるはずなどないのだが……
と、その時、彼の前を黒い影がよぎった。まったく何の前触れもなく現れて音もなく通り過ぎたというのに、彼にはそれが何か分かってしまった。だから思わず声を上げた。
「レルゼーさん!?」
そう、彼の前に現れた影は、まぎれもなくレルゼー。邪神カハ=レルゼルブゥアであった。
ビヤーキーをこれほどまでに恐れる彼が邪神である筈のレルゼーを恐れないのは不思議に思うかもしれないが、邪神とは言っても彼の惑星で知られ恐れられているのはまた別の邪神であり、彼はここに来るまでカハ=レルゼルブゥアのことを知らなかったのである。
とは言え、彼が知っていようといまいと、レルゼーの力は本物である。神格を持つレルゼーにとってはビヤーキーなどハエ以下の存在でしかない。しかもレルゼーは、風の神格である邪神ハリハ=ンシュフレフアとは非常に仲が悪く、同じ風の属性を持つとされるビヤーキーのことは敵視していたのだった。
しかしこの時のレルゼーは何故か、ビヤーキーの頭を掴んで地面に引きずり倒しただけで、とどめを刺さなかった。人間以外の生物はここでも死ぬ。でなければ食料が調達できないからだ。なのに殺そうとはしなかった。
その光景を見ていた新人スタッフの彼は確かに聞いた。ビヤーキーを押し倒したままでレルゼーが呟いた言葉を。
「ユウカに見せてやろう……」
レルゼーは覚えていたのだ。ユウカがこの手のクリーチャーが好きで、常々実際に見てみたいと望んでいたことを。レルゼーにうっかり話し掛けたことで悪因縁を作ってしまったスタッフの彼がビヤーキーを呼び寄せてしまったことに気付き、これ幸いと駆け付けたという訳であった。
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