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新世代

翔編 見送る側、見送られる側

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新暦〇〇三十一年八月二十七日。



楼羅ろうらのことは引きずりつつも、日々の暮らしは疎かにしない。それが、ここで暮らす上で俺が心掛けていることの一つでもある。

死は悲しいし苦しいし辛いし心が痛い。しかしここでは死はそれこそ<日常の一部>でしかない。あまり特別扱いするとそれだけでたぶん心が潰れてしまうんじゃないかな。

となれば、亡くした家族を悼みながらもそれだけに囚われることはしない。

これが大事なんだって思う。

だってなあ、<死>って話になると、シモーヌなんか、<コーネリアス号乗員、秋嶋あきしまシモーヌ>としては例の不定形生物に吸収された時に、『人間としては』間違いなく死んでるんだ。

なのに、その情報と記憶と人格だけが不定形生物が作り出す仮想空間の中で生き続けてて、しかも時折、今のシモーヌのように透明な体をもって元の姿と記憶と人格も再現されてここに生まれ落ちるんだぞ?

こうなるともう、何が<死>なんだか<生>なんだか、本人が認識できる範囲じゃ訳が分からないだろう。

法律上の解釈では、間違いなく死んでる。元の肉体も存在しない。

なのに、記憶も人格もある。さらに元の肉体を緻密に再現した肉体まで与えられることもある。

でもそうなると今度は、不定形生物が作る仮想空間の中で生きる自分と、透明な体でこの世界で生きる自分とが同時に存在することになる。

こんなこと、気にしてたらそれこそ頭がおかしくなるだろうな。

だからシモーヌはもう割り切ってる。

『自分は自分。<コーネリアス号乗員、秋嶋シモーヌ>の記憶と人格を持っていても、彼女とは別の人間。私は私として生きる』

ってね。

ビアンカも同じだ。

でもまあ、ビアンカの場合は見た目からして<コーネリアス号乗員、ビアンカ・ラッセ>とは明らかに別人だから、むしろそういう意味では割り切りやすかっただろう。

俺も、シモーヌはシモーヌ。ビアンカはビアンカとして受け入れるだけだ。それぞれのオリジナルとは別の人生を歩み出してる時点で、もう完全に分岐してるしな。

彼女達にとっての<死>は、実にメンドクサイものになってる。

考え出したらきりがない。



そんなわけで、改めて楼羅ろうらのことは引きずりつついつものようにアリゼドラゼ村とアリニドラニ村に向けてエレクシアと一緒に出発する。

「いってらっしゃい」

俺達の集落周辺の生物を改めて調査するためもあって家に残り、かつ新妻のように笑顔で俺を送り出してくれるシモーヌに見送られながらな。あと、ひかりあかりまどかひなたとビアンカも見送ってくれる。

この家族を喪うと考えたら胸が張り裂けそうになりつつも、それはいつか必ず来ることだというのも事実。

俺が見送る側になるか、見送られる側になるかは、分からないけどな。

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