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ハーレム

籠城戦(諦めてくれるのを待つしかない)

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「エレクシア! こいつを保護しろ!!」

俺は、フロントウインドウに張り付いたワニ少年を見ながらそう命じた。

「承知しました」

エレクシアはそんな俺の無茶な命令にも躊躇うことなく動き、窓を開けてあちらこちらに付けられた手摺りなどを使ってワニ少年のところまで行き、抱きかかえて抵抗する暇さえ与えずキャビンへと放り込んだ。キャビンではセシリアCQ202が彼を抱きかかえて暴れないようにする。さすがに無線通信でやり取りをしながら連携できるロボットならではの動きだった。

それからは、窓も何もかもを閉ざしてローバー内に立てこもる。

振り切ろうにもブランゲッタで航行中のローバーよりも明らかに早く移動し、撃っても切っても通じない、しかも、不定形生物とは言っても<アメーバ>と呼ばれるものとは明確に違ってて小さな細胞(らしきもの)が集まって体を構成しており、薬品も熱も表面の一ミリにも満たない部分にダメージを与えるだけで致命傷にはならないそうで、それで多少質量を減らせても、すぐさま、手近な昆虫や小動物を、さらには土中の微生物さえ吸収することで回復するから、それこそ打つ手がないんだ。

可能性があるとすれば、大出力の荷電粒子砲を直撃させることで一気に全体を焼き尽くすくらいだが、そんなもの、当事でも軍用の戦闘艦くらいしか積んでない。

コーネリアス号はあくまで探索船で、俺の宇宙船やローバーにいたってはそれこそ自家用車みたいなものだ。そんな物騒な兵器を搭載できるわけもない。自衛用の火器を少々積めるだけだな。

よしんば搭載してあったとしても、主機を失った探索船の出力ではせいぜい連続して数発撃てるかどうかだということだし、だいたい、船体から数メートルという距離にまで近付かれたら射角も取れないという。

となれば結局、諦めてくれるのを待つしかないからな。セシリアの話では長くても一時間ほどで諦めるらしい。それが事実であること今は祈るしかない。

で、そいつは、手足も頭も引っ込めた亀のように嵐が過ぎ去るのを待つ俺達のローバーを捕らえ、まとわりついた。

過酷な使用にも耐えられるローバーのボディはちょっとした装甲車並みだし、窓も厚さ二センチの高強度樹脂製だから破られる心配はないと思う。しかも、ブランゲッタの作用で沈没も転覆もしない。何も問題はない筈だった。

それでもひそかはパニックを起こしてふくに続いて失禁するし、じんに至っては恐怖のあまり気を失ったようだった。不定形生物は完全にローバーを覆い尽くし、凄まじい圧をかけてくる。ミシミシとボディが軋む音もする。このローバーを軋ませるとか、相当だぞ。さすがに俺も緊張を隠せない。必死にしがみつくふくを抱く腕にも力がこもってしまう。

「ローバーのボディの変形具合から算出したこの生物の力からすると、強度的には問題ありません。十分に耐えられます」

ひそかを抱き締め落ち着かせようとしているエレクシアが冷静にそう告げる。嘘が吐けない彼女がそう言うんだからその通りなんだろう。が、やっぱり気分は良くない。しかも―――――

パキッ。

っという、なんとも言えない嫌な感じのする音が、車内に響いた。音のした方を見ると、屋根の一部からぬるりとした透明な何かが漏れている。いや、侵入してるんだ。

「外気取り入れ口か!?」

そうだ。すべて閉めた筈だが、ルーフの外気取り入れ口の蓋はプラスチック製だった。とは言え人間の力では押そうと叩こうとびくともしない程度の強度はある。それなのに破壊されて侵入されたのだ。後で確認して分かったことだが、それは純正品じゃなく、安価ないわゆる社外品を使って修理されていたらしい。純正品、もしくはそれと同等の品質があるものなら大丈夫な筈だったのに。

ヤバいヤバいヤバいヤバい!!

エレクシアが手で押さえようとするが、隙間からなおも侵入してくる。くそっ! このままじゃ全滅だ!!

俺がそう思った時、エレクシアがこちらを見て言った。

「非常事態です。他に選択肢はありません。最終手段を用います」

いつもと変わらない、冷淡な表情で冷静に彼女はそれだけを口にして、俺の返事を待たずに<最終手段>を実行した。

バシンッ!!

空気が弾けるかのような音と共に、エレクシアの体の表面を雷光のようなものが奔り、俺の体がビリッと痺れる。誘導電流だった。高圧の大電流が一瞬にして流れたことで、周囲にも電気が流れたのだ。

「エレクシア!!」

叫ぶ俺の目の前で、彼女の体がゆっくりとキャビンの床に崩れ落ちる。目を見開いたまま倒れたエレクシアは、本当にただの人形のようにも見えた。

「エレクシア!!」

俺はもう一度叫んでいた。彼女が何をしたのかはすぐに分かった。自分のバッテリーに蓄えられた電気を一度に放電したのだ。フル充電した状態なら一ヶ月以上充電なしでメイトギアを稼動させられるほどのそれを。

本来ならそんなことはできない筈だった。そんな危険な機能は搭載されていない筈だった。だが彼女は、不定形生物についての情報をセシリアCQ202からデータ交換で得た後に、コーネリアス号の工作室で作った部品で自らを改造していたのだ。

旧式でロボットとしての規範に従順なセシリアCQ202にはできないことだった。だが、人間を守る為ならギリギリの手段を取れてしまうエレクシアは違った。

床に倒れ伏した彼女の体の上に、なおも不定形生物のぬるりとした一部が垂れてくる。だがそれはもう、意志のようなものを感じるそれではなかった。ただやたらと粘度の高い液体が漏れてくるだけにしか見えない。

俺は茫然とその光景を見詰めるしかできなかった。そしてゆっくりと、自分の中に込み上がってくるものを口にするしかできなかった。

「バカヤロウ…! 真似するなって言っただろうが…! なんで俺の命令が守れない……! バカヤロウ……!!」

エレクシアの体を覆い尽くすほどに不定形生物の一部が垂れると、そこでようやく途切れて落ちた。ローバーにまとわりついていた分もゆっくりと滑り落ち、河の中へと消えていく。

終わったのか…?

そんなことを頭のどこかでぼんやりと考えつつ、俺はどうしようもない虚無感に包まれていた。同じメイトギアのセシリアCQ202が見付かったからって、彼女がいれば俺の身の回りの世話は心配ないからって、お前がいなくなってどうするんだよ、エレクシア……

だがその時……

「泣いてるんですか? マスター」

思いがけない声に、俺はハッとなって彼女を見た。床に寝そべったまま、あのいつもの冷淡な目で俺を見詰める彼女の顔を。

「バッテリーが限界まで消耗してしまったので、交換をお願いします。グローブボックスに予備が入っていますから」

冷静な彼女の言葉に、俺はへなへなと腰が抜けるのを感じていたのだった。

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