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距離感
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「あ……」
大森海美神と共に自転車通学し、一緒に下駄箱のところで上履きに履き替えていた琴美に気付いた牧島煌輝が、小さく声を上げた。何しろ、海美神と琴美が、
「これで毎日、通学が楽しくなりそう♡ これからもよろしくね、琴美ちゃん」
「あ……うん、こちらこそ、よろしく……」
と親し気に言葉を交わしている様子を見てしまったからだ。それは、普段の琴美では有り得ない姿だった。しかも、
『琴美ちゃん……?』
海美神はこの学校では有名人なので煌輝もよく知ってはいたものの、琴美との接点については、
『クラスメイトである』
ということ以外は何も知らないのも同然だった。ましてや『琴美ちゃん』などと名前で呼んでいるということも初めて知った。もっともそれは、今、海美神がそう呼んだだけである。けれど琴美の方も、まんざらでもなさそうだった。普段、あまり感情は表に出さないようにしている琴美だが、不快な時にはやはり表情が強張ったりもする。それがない。だから嫌がっているわけではないのは間違いない。
「ありがとう、琴美ちゃん♡」
海美神も<名前呼び>を嫌がっているわけじゃないことを察して、さらに嬉しそうに笑顔になった。これまで気になっていたものの、明らかに<バリア>のようなものを張り巡らせていて他者を近付けようとしていなかった琴美が自分を受け入れてくれたことが素直に嬉しかったのだ。
琴美の方も、こうやって距離を詰めてこられてもそれを不快に感じていない自分自身に戸惑いながらも、四十五分もの自転車による通学時間がこれで苦痛ではなくなりそうでありがたいとは感じていた。
なるほど、今はまだ互いに温度差は見えつつも、決して険悪な印象のない二人の作り出す雰囲気は、独特のあたたかささえ感じさせるものであっただろう。
けれど、それは、これまでの琴美を知る煌輝にしてみれば、むしろ違和感しかなかった。
『琴美……』
普段は特に名前を呼ぶことはなく、呼ぶとしても『釈埴』と名字で呼ぶのが普通だった煌輝が、心の中で琴美の名を呼んだ。顔を伏せ、唇を噛み締めながら。自身の中に、腹の底のもっと深いところから湧き上がってくる暗い何かを感じながら。
そして、琴美に気付かれる前に踵を返して、その場から立ち去ってしまった。下駄箱が並ぶそのスペースを超えた先に用があってきたはずなのに、それを無視して。
「……」
どうでもいいはずだった。たまたま一緒にいるのが嫌じゃないから図書室で同じ机に着いて課題をしていたりしただけだった。ただそれだけの相手のはずだった。なのに、海美神と、よりにもよってあの海美神と親し気にしている琴美の姿を見て、煌輝の中に仄暗い感情が芽生えてしまっていたのだった。
大森海美神と共に自転車通学し、一緒に下駄箱のところで上履きに履き替えていた琴美に気付いた牧島煌輝が、小さく声を上げた。何しろ、海美神と琴美が、
「これで毎日、通学が楽しくなりそう♡ これからもよろしくね、琴美ちゃん」
「あ……うん、こちらこそ、よろしく……」
と親し気に言葉を交わしている様子を見てしまったからだ。それは、普段の琴美では有り得ない姿だった。しかも、
『琴美ちゃん……?』
海美神はこの学校では有名人なので煌輝もよく知ってはいたものの、琴美との接点については、
『クラスメイトである』
ということ以外は何も知らないのも同然だった。ましてや『琴美ちゃん』などと名前で呼んでいるということも初めて知った。もっともそれは、今、海美神がそう呼んだだけである。けれど琴美の方も、まんざらでもなさそうだった。普段、あまり感情は表に出さないようにしている琴美だが、不快な時にはやはり表情が強張ったりもする。それがない。だから嫌がっているわけではないのは間違いない。
「ありがとう、琴美ちゃん♡」
海美神も<名前呼び>を嫌がっているわけじゃないことを察して、さらに嬉しそうに笑顔になった。これまで気になっていたものの、明らかに<バリア>のようなものを張り巡らせていて他者を近付けようとしていなかった琴美が自分を受け入れてくれたことが素直に嬉しかったのだ。
琴美の方も、こうやって距離を詰めてこられてもそれを不快に感じていない自分自身に戸惑いながらも、四十五分もの自転車による通学時間がこれで苦痛ではなくなりそうでありがたいとは感じていた。
なるほど、今はまだ互いに温度差は見えつつも、決して険悪な印象のない二人の作り出す雰囲気は、独特のあたたかささえ感じさせるものであっただろう。
けれど、それは、これまでの琴美を知る煌輝にしてみれば、むしろ違和感しかなかった。
『琴美……』
普段は特に名前を呼ぶことはなく、呼ぶとしても『釈埴』と名字で呼ぶのが普通だった煌輝が、心の中で琴美の名を呼んだ。顔を伏せ、唇を噛み締めながら。自身の中に、腹の底のもっと深いところから湧き上がってくる暗い何かを感じながら。
そして、琴美に気付かれる前に踵を返して、その場から立ち去ってしまった。下駄箱が並ぶそのスペースを超えた先に用があってきたはずなのに、それを無視して。
「……」
どうでもいいはずだった。たまたま一緒にいるのが嫌じゃないから図書室で同じ机に着いて課題をしていたりしただけだった。ただそれだけの相手のはずだった。なのに、海美神と、よりにもよってあの海美神と親し気にしている琴美の姿を見て、煌輝の中に仄暗い感情が芽生えてしまっていたのだった。
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