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自転車通学

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 バス通学は自分には無理だと感じ、琴美は担任にそれを告げて、住所の変更の届け出と共に自転車通学の申請書も書くことにした。
 休憩時間に教室内でそれを書いていると、
「あ、釈埴しゃくじきさんも自転車通学にしたんだ? しかも新しい住所、私の家の近くだね」
 言いながら覗き込んできたのは、大森海美神とりとんだった。普段はあまり距離を詰めてこない彼女にしては珍しい。何か感じるものがあったのだろうか。すると琴美の方も、
「そうなんだ……?」
 訊き返してしまう。
 これまでは話が続かないように素っ気ない態度を取ることの多かった琴美には珍しい反応。海美神はもしかするとそんな琴美の変化を察していたのかもしれない。
 コミュニケーション能力が高いからこそ、相手のわずかな変化を察してしまうのだろうと思われる。それこそが海美神の<能力>なのだろう。
 それにより琴美が困っていないのも察したか、
「もしよかったら、一緒に通学しようよ。他に同じ方向からくる子いなくて、いっつも一人だったんだ」
 そうだった。学校の近くまでくれば親しい者とも合流するものの、しかし結局は一人で学校に向かうことが多かったのだ。その理由を、担任に申請書を渡して代わりに許可された車両であることを証明するステッカーを受け取ってそれを結人ゆうとが買ってくれた自転車に貼って翌日から自転車通学をすることになった琴美は、すぐに理解した。
 家から少し行ったところにあるコンビニ前で待ち合わせして走り出した途端に、小さな交差点で赤信号に引っかかると、
「良かった。釈埴しゃくじきさんもちゃんと信号守る人だったんだね。まあ、それが分かってたから誘ったんだけどさ」
 小さな交差点でも赤信号ならしっかりと停車して青信号になるのを待つ琴美に、海美神は笑顔で話し掛けた。
 しかも、海美神は、走っている時も自分が前に出て一列に並んで走り、決して横に並ばなかったのだ。
 海美神は言う。
「みんなさあ、小さい交差点とかだと信号守らないんだよね。でも私は、守るようにしてるんだ。『なんで守らなきゃいけないの?』ってみんな言うんだけど、逆に、『なんで守っちゃいけないの?』って私は思うんだよ。別にそんな焦る必要ないじゃん。余裕持って家出たらいいだけだしさ。私のお母さんもお父さんも、信号守ってたんだよ。だから私はお母さんとお父さんと同じにしたいんだ」
 と。
「そうなんだ……」
 琴美の場合は、一真がそうだったから、守るようにしていた。そして一真が信号を守るのは、法律もルールも平気で無視する両親への反発が根底にあったのだった。

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