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正義のヒーローのごとく

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「んじゃ、いただきま~す♡」
 そう言って沙奈子さなこが持ってきたお重に一番に手をつけたのは、千早ちはやだった。
「あはは、やっぱ沙奈の料理は美味しいわ♡」
 悪戯っぽく笑いながら、千早は舌鼓を打つ。
 この千早も、看護師をしている母親から、さらには姉二人から、事あるごとに暴力を受けてきた被害者だった。もっとも、彼女の姉二人も、母親から殴る蹴るの暴力を受け、そのストレスを千早に向けていたという、被害者でもあったのだ。それでいて上の姉は小学校の時に友人二人と一緒に同級生に対して執拗なイジメを行い、それに耐えかねた同級生がある日カッターナイフを振り回して反撃。姉の友人一人が顔に大きな傷を受けて事件化したことさえある。
 これに伴って母子はその地にいられなくなり、逃げるようにこちらに引っ越してきた。そして千早は転入した先の小学校で大希ひろき沙奈子さなこと出逢い、沙奈子に対してきつく当たったことで学校側から<イジメの疑い事案>として指導を受け、さらには美嘉に出逢ったことで人生が大きく転換した女性だった。
 つまり、沙奈子に対しては最初、加害者として接したということである。
 けれど今では、文字通り<無二の親友>だった。これもまた、周囲の働きかけや支えがあってのことだった。決して千早自身の努力だけがもたらした結果ではなかった。もちろん千早自身も努力はした。しかしその<努力>は状況を変えるためには最低限必要なものだっただけで、その努力が実る手助けが今の彼女を作ったのである。
 現在はケーキ屋を営み、必ずしも裕福とは言い難いが、堅実な経営により生活は安定していた。
 そう。今、この部屋にいる誰一人として、<普通>の家庭に育った者はいない。皆、程度の差こそあれ過酷な境遇を生き抜いた者だったのだ。
 けれど、だからこそ一真と琴美のことは他人とは思えなかった。
『一真と琴美の両親を漫画やアニメのように懲らしめて二人を救い出す』
 などということはできなかったものの、けれど、いつか機会があればと注意深く見守り、いつその時が来てもすぐさま動けるようにと準備は怠らなかったのだ。それが今日のこの日に繋がった。
 確かに正義のヒーローのごとく悪辣な両親を打ちのめせれば、カタルシスは得られるかもしれない。しかし、両親を<悪役>に仕立て上げドラマチックな演出を加えても、おそらく問題は解決しない。そもそも一真と琴美の両親自身、
 <結人ゆうとや千早や沙奈子や大希に出逢えなかった一真と琴美>
 のようなものなのだ。
 何しろ両親の振る舞いのほとんどは、さらにその両親が行っていたものだからである。

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