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寝惚けたことを言う奴がいるが

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 一真が部屋の鍵を開け、取り敢えず荷物を運び込んだ。
 カーテン、ユニット畳、鍋とかキッチン小物諸々とか。
 取り敢えず今の時点で思い付くものは買った。あとは、実際に暮らし始めて必要だと思ったら買うことにする。
「んじゃ、残金。三万八千円ほど残ってる。今月は二十五日が土曜日だから金曜日に給料も入るし、それまでだったらこれで生活できるだろ? それでも困ったら言ってくれ」
 結人ゆうとが一真と一緒に断熱シートを敷いた上にユニット畳を敷いてそこに炬燵を置いて、その天板の上に封筒を置いた。
「本当にありがとう。この恩はいつか返す」
 一真は言うが、
「そんなのはいい。俺や沙奈子さなこ千早ちはやだって、受けた恩なんてとても返しきれないからな。ただ、お前らがいつか結婚して子供でも生まれたらちゃんと見てやってくれ。お前達がされたことをしないようにしてやってくれ。
 それか、またいつか俺達みたいなのが仲間に加わったりするかもだからよ。そいつのことを助けてやってほしいんだ。俺達はそうしようと思ってる」
 結人はそう返した。さらに、
「世の中にゃ、『傷付いた分だけ人は優しくなれる』とか寝惚けたことを言う奴がいるが、傷付いただけで優しくなれるんなら、ヤクザとか通り魔とかそういうのはこの世にいねえから。そもそも人に優しくされたことのねえ奴は、<優しさ>とか言われても分かんねえから。俺だってずっと分からなかった。『こういうのが優しさなんだ』って、ちゃ~んと身をもって教えてくれた人がいたから分かっただけだから。
 あと、ただの<優柔不断>を<優しさ>だと思ってる奴も多いからよ。気ぃ付けろよ。だから俺は<優しさ>とかなるべく言わねえようにしてる」
 とも語ってみせた。そんな結人に、一真も、
「ああ、それは知ってる。お前は<優しい>とか<優しさ>って言葉が嫌いだったよな。最初は『なんだこいつ?』って思ったりもしたけど、今ならそれもよく分かるよ。あいつらを、俺達の両親みたいのを<親>だっていうだけで庇うのとかは、<優しさ>じゃないよな」
「おう、そういうこった。親だろうがなんだろうが、やっちゃいけねえことをやってる奴はきっちりと諫めなきゃいけねえ。それだけの話だろ」
「でもそれは、俺達がやっちゃいけねえことをやったらお前に叱られるってことでもあるよな」
「まあな。そん時はきっちり叱ってやる。だから叱られないように気を付けろ」
「お互い様だ」
「違いねえ……!」
 共にニヤリと笑みを浮かべる一真と結人を、琴美は少し羨ましそうに見ていたのだった。

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